ツール・ド・ツガル / 「たきわ」のカマ焼定食 〜初冬の鯵ヶ沢〜
年に1回は、故郷の鯵ヶ沢まで走っていた。が、今年は走れていなかった。誕生日が近づく11月末になると、ロードバイクもそろそろシーズンオフ。焦りが出る。
11月27日の朝。外に出ると岩木山がキレイに見えていた。(今日しかない…) 急に思い立ち、サイクルウェアに着替えた。
全く走れていなかった今シーズン、ロングライドはほとんどなかった。熊が怖くて山を走ることもなかった。
今の自分にとって鯵ヶ沢までのライドは十分にロングだ。ガンガン走っていた頃だと、100kmを超えないとロングとは思わなかった。あの頃に比べると走る力は半分くらいになっている。

裾野地区からみる柿の木越しの岩木山
裾野〜建石経由であれば、熊との出会い頭の衝突はないだろうと思いながらも、時折現れる柿の木にドキッとする。
気温は10度くらいだろうか。暑がりの自分にとっては、このくらいがちょうど良いが、下りの坂では身体が一気に冷える。
小屋敷を越え、南浮田を過ぎると日本海が見える。晴れてはいたが、やはりこの時期の海は寒そうだ。
弘前から鯵ヶ沢へのツーリング。多くの人は海を見たい、海辺を走りたいというのが理由だと思うが、自分にとっては生まれ故郷だから、これに尽きる。
小学生、中学生だった頃に歩いた道を走る。それだけで十分すぎる意味がある。
そして鯵ヶ沢まで走るもうひとつの理由。それは、ここで「カマ焼定食」を食うことだ。

鯵ヶ沢漁港前にある「たきわ」
「こんにちは!」と店の中に入ると、女将さんが「あら〜久しぶり。いつものでいい?」と笑顔で返してくれた。
外の幟旗にあるように、ここは「ヒラメのヅケ丼」が名物だが、「カマ焼定食」を食べて以来、その虜になった。だから女将さんの言う「いつもの」は「カマ焼定食」と決まっていた。
ツーリングで来たのは今年初だったが、8月末に従弟の晋ちゃんと訪れていた。
私は高校3年の時、五所川原の叔母のところに数ヶ月下宿した。従弟の晋ちゃんは中学生だった。下宿していた頃は、晋ちゃんと布団を並べて寝ていた。
今年8月、叔母さんが亡くなった。雪(ゆき)叔母さんは長年教師をされていて、とても優しい人だった。
晋ちゃんが現在住んでいる和歌山に帰る日が近づいたので、私が五所川原に行き一緒に昼飯を食べることにした。
近くのラーメン屋に行く予定だったが、ふと思い出し「鯵ヶ沢へ行こう」と提案した。
数年前、鯵ヶ沢ツーリングで「たきわ」に立ち寄ったとき、偶然叔母さんに会ったのだ。
雪叔母さんは私の従姉のまりちゃんと一緒にランチをしていた。ジャージ姿の私を見て二人とも驚いていた。

雪叔母さんとまりちゃんと
そのときのことを思い出し、晋ちゃんと「たきわ」へ向かうことにしたのだ。
二人で「カマ焼定食」をいただいた。晋ちゃんもその美味さに感激していた。帰省したら、また食べたいと言っていた。
鯵ヶ沢ツーリングが今年最初で最後になるのは確実だったが、ツーリング自体もこの日が最後になるだろうか。

店の外に新しいサイクルラックがあった。
「せっかく新しいラック作ってもらったのに、今年弘前からのお客さん少ないんだよね」と女将さんが言った。「やっぱり山越えするのに熊怖いからじゃない?」と返すと、「んだのさ〜ウチの近所でも熊出たもん」と… 怖い〜。
店の中は網焼きしているカマ焼の煙が充満している。いい匂い。

ドーン!
この日のカマ焼。いつにも増してボリューム感半端なし。
ジューシーで焦げたところがまた美味い。白飯が足りないくらいだが、おかわりすると復路を走れないので我慢。
とにかく満足の昼飯であった。
12月半ばから春先まで、お店は休みになるらしい。次シーズンはなるべく早めに訪れよう。
港の漁船の前で記念に一枚。

復路は上り坂を避け、森田〜鶴田経由で帰る。走行距離トータル80kmは、十分すぎる距離。
これが今年のラストライドになるかどうかは、今後の天候次第だ。
いや…自身の気持ち次第。年末年始の身体の成長が怖い。













