「良い人」
昨日の午後、自宅で仕事をしているとインターホンが鳴った。
荷物が届く予定はなかったので、(誰かな?)と思いながら、ボタンを押して「はい」と応答する。インターホンの向こうから女性のような声が聞こえた。何かの訪問販売だろうか?
よく聞き取れないので「何ですか?」と聞き返すと「雪の…なので…お願いします…」と、何かをお願いをしているように聞こえる。そして、それは女性ではなく男の子の声だった。
言ってる内容が全然わからなかったので、玄関のドアを開けると3人の男の子がいた。小学3、4年生くらいだろうか。
「どしたの?」と聞くと「そこの雪山に長靴が埋まってしまったので、このスコップ貸してください」と言う。
よく見ると一人の男の子の足元が長靴ではなく靴下の状態になっている。どうやら学校の帰り道に、ふざけて雪山にダイブして、長靴の片方が埋まってしまったらしい。
ウチの玄関前に鉄製のスコップが置いてあるのを見つけ、インターホンを押したというわけだ。
私はスコップを手にし、子どもたちと雪山に向かった。
そこは近所の模型店の駐車場で、除雪された雪が積み上げられていた。ダイブしたと思われる穴は50cmほどの深さになっていたが、長靴は見えなかった。
私は穴の周りから掘り始めた。あまり強く掘ると長靴が壊れる可能性があるので、慎重に掘った。
やがて長靴が見え始めた。私は両手で引っ張り出そうとしたが、なかなか抜けない。これは子どもには無理だと思った。
さらにスコップで周りを掘って、長靴が半分ほど見えたところで引っ張った。長靴はスポッと雪の中から出てきた。
「おーー!」と子どもたちが言った。
しかし長靴の中には雪がぎっしりと詰まっている。私は、中から雪を掻き出しながら言った。
「ウチ近いの? 少し冷たいと思うけど、ウチに帰ったらすぐに靴下取り替えろよ」
「ありがとうございました」とその子が言った。
「じゃあね」と言って、私はスコップを片手に自宅へ戻った。
スコップを玄関に置いて、ウチの中へ入ろうとしたとき、子どもたちの話してる声が聞こえてきた。
「あの人、いい人で良かったね」
生まれてこのかた、「良い人」と言われたことはない。しかし「悪い人」と言われたこともない。
考えてみれば、人のことを「良い悪い」で見たことなんてあっただろうか。好きな人や苦手な人はいたけれど、「良い悪い」は考えたことがない。
基本的に困っている人がいれば「助けてあげようか」と思うのは、誰もが抱く感情であろう。
しかし、それを行動に移すかどうかはまた別である。自分は全く行動に移せない類の人間だったが、やはり歳をとったのだろうか。
屋根の上から雪山にダイブして、1メートルもの雪藪の底に長靴を埋めてしまう。昔の津軽のジャイゴワラシであれば誰もがやったに違いない。
ネットやゲームに夢中の現代の子どもたちも、そこはやはり津軽のジャイゴワラシであった。
私は「良い人」と言われたことよりも、そのことの方が妙に嬉しかったのだ。
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