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2024-07-24

「 夕陽海岸 」〜深浦から鯵ヶ沢〜


 

7月15日は「海の日」で、世間は祝日。娘が通う高校で文化祭が開催されていたので、覗きに行ってみた。

娘は美術部と写真部に所属している。すでに自宅でどちらの作品も目にしていたが、やはり展示しているところを観てみたいと思ったし、他の生徒たちの作品も観てみたかった。

絵画は、2〜3日で強引に描き上げたのを間近で見ていた。他の子と比べると描き込みが足りないのがはっきりとわかり、一夜漬け感が拭えない。

まあでも、そんなのは自分の若い頃にもしょっちゅうあったこと。

写真は、一緒に岩木山神社に行ったときに撮ったもので、私自身も結構いい写真だと思っていた。周りの作品と比べてもそんなに見劣りはしなかったし、娘の話によると、来場者のアンケートでは第2位だったそうだ。

 

しかしながら、気温の高さと若者の熱気で構内はムンムンとしていて、私はいろんな展示を観てまわる自信を失っていた。

美術部と写真部の展示を拝見して、早々に学校を出た。時間は13時を回っていた。

「さてどうしようか…」

しばし思案する。ふと、車の中にあるものを見つけた。

「そうだ、深浦へ行こう」

 

岩木山は霞に隠れ、姿を見ることができない。こんな夏の日はかなりの確率で暑い。

途中のコンビニで買ったアイスコーヒーと冷たいお茶を交互に飲みながら、西海岸へと向かった。

鯵ヶ沢に着く頃には14時を回っていた。深浦で昼飯を食うのは遅すぎる気がしたので、鰺ケ沢で食うことにした。

「番場食堂」の前に車を停める。中には5人ほどの客がいた。私はチャーシュー麺を注文した。

そういえば4年前にもここを訪れ、そのことをブログに書いていた。

「今どき、チャーシュー麺がこの値段で食えるとは…」みたいなことを書いていたが、そのとき650円で食えたチャーシュー麺が900円になっていた。

ちょっと値上げしすぎじゃない?とは思ったが、目の前にきたチャーシュー麺は、あの時よりもチャーシューが一枚多く入っていて、そしてやはり美味かった。

鯵ヶ沢出身ではあるが、今となってはほぼ観光客に近いので、観光客値段と思えば大したことではない。十分満足して、私は深浦へ向かった。

この感じだと、着くのは16時を過ぎそうだった。

 

赤石から北金ヶ沢あたりに来ると、水平線は端から端まで一直線になる。しかし、水平線もまた霞がかかっていて、その線ははっきりとは見えなかった。

途中、何度か観光しようかと思ったが、時間が遅かったせいもあり、私は深浦の街までひたすら走り続けた。

16時を過ぎ、ようやく深浦の街に入る。町役場の駐車場からそのまま港の方まで車を走らせた。

祝日の夕方だったせいか、周りに車は一台もなく、私は少しぼんやりと港の風景を見つめていた。

防波堤にはストリート風な落書きがたくさん描かれていた。ガード下なんかではよく見かけるが、港の防波堤にもあるんだな。

 

 

しかし、不思議なことに真ん中あたりは、足場がなく下の方はそのまま海になっている。

どうやって描いたのだろうか。アートは命懸けだ。

 

円覚寺に行ってみる。階段を上り、一番上で手を併せる。

それにしても、最初の門をくぐったところにある杉の木の立派たることや。「竜灯杉」と呼ばれ、江戸時代より北前船の船乗りや地元漁師の信仰を集めてきた巨木らしい。

 

 

寺の前には、新しくオープンしたラーメン屋(近藤金吾さんが紹介していた)があったが、すでに閉店していた。次に来るときは、もう少し早い時間に来るとしよう。

 

円覚寺を後にして、私は町内にあるドラッグストアとスーパーに向かった。そこで買い物をするのが本日の目的だった。

今年初めに「深浦ってどこ?」フォトコンテストにてグランプリを受賞し、その際、商品として「深浦雪人参」とともに「3万円分の商品券」をいただいたのだ。

しかし、これが深浦町でのみ利用できる商品券で、しかも期限が8月までと迫っていた。

忘れぬようにと車に置いていたコイツを目にし、「思い立った時に行動すべし!」というわけで、西海岸ドライブ決行となった。

 

商品券を使える店舗が記載されていたが、当然知らない店ばかりなので、ドラッグストアとスーパーで日用品を買うと決めていた。ただ、1店舗で全て使い切る買い物はしんどいので、2店舗に分けた。

最初はドラッグストア。メインはビールの箱買いとワイン。これで金額を稼げる。しかし、いつもの買い物と同じようにワンコインのワインを選ぶところに庶民のサガが出てしまった。悲しい。

他には、猫のご飯やペットシーツ、洗濯用洗剤、レトルトカレーなど、賞味期限を気にしなくてもよいものを買い込む。1店舗で15000円分買い物をするというのもなかなか大変である。

続いて、すぐ隣にあるスーパーでも同じ行動をとる。車の後部座席は、買い物袋とビールの箱で埋もれた。

目的はほぼ達成されたので、私は帰途についた。

 

左手に日本海を見ながら、そして開けた窓から入り込む潮の匂いを感じながら、国道を走る。

「夕陽海岸」として人気の深浦海岸。18時近くになっていたとはいえ、この時期の太陽はまだ少し高く、広戸駅ではまだ夕陽という色にはなっていない。

 

 

それにしても広戸駅は、何故このような場所にあるのだろう。集落からは少し離れていて、線路のすぐ目の前に海がある。

写真家の間では「驫木(とどろき)駅」が、ここ数年人気だが、私は何気にこの「広戸駅」が好きだ。

妙に簡易的に造られたこの駅舎に、なんともいえない趣を感じる。

 

バイパスを走らずに、のんびりと旧道を走ると先述した「驫木駅」に着く。

「とどろき」には「驫木」以外にも「轟」や「等々力」の表記があるが、意味や由来、違いはよく知らない。今度調べてみよう。

 

 

誰にも人気がある被写体はあまり撮らないようにしているが、一応パチリと。

ちなみに、久しぶりにカメラで撮ろうと車に積んでおいたのだが、なんとSDカードが入っていなかった。そういえば、最近娘に貸したときにSDカードを差し替えていたのだった。

絶景写真家ではないので、特に落胆もせずにスマホで撮る。

 

千畳敷に来ると、太陽はまだ高い位置にあったが、少しだけ夕陽の色をし始めた。

夕陽の海を見にきたのだろうか。幾人かの観光客がいた。

 

 

北金ヶ沢を過ぎ、赤石川に架かる橋を超えると、太陽はオレンジ色になり始めた。

「夕陽海岸」は深浦町のキャッチコピーだと思うが、鯵ヶ沢港あたりまでは深浦から同じ向きで海岸線が繋がっている。

鯵ヶ沢中学校のそばに来ると、二人ほどのフォトグラファーが立派なカメラを夕陽に向け構えていた。

私も負けじとスマホを水平線の上にある夕陽に向ける。

 

 

このまま夕陽が「ジュッ」と水平線に沈むところも見たかったが、スマホを構えたままではどうにも格好がつかないので、私はその場をあとにした。

 

鰺ケ沢の街に入る。

淀町、漁師町、釣町、浜町と海に因んだ名の町名が並ぶ。

私は少し広くなった空き地に車を停めて、夕陽の行く末を見届けることにした。

すると、わずか5分前までオレンジ色だった夕陽の色が変わり始めた。赤くピンク色に変化した。

おそらく、昼から出ていた霞が、水平線上に濃く残っていたのだろう。

スマホを構えると、スマホはその夕陽の色をうまく認識できないのか、さらに濃い色となって写った。

 

 

もはや太陽ではなく、不思議な未知の物体として海の上に浮かんでいる。

このまま水平線に沈むのかと思いきや、霞の中で赤い球体は少しずつ滲み始めた。

 

 

そして薄い赤になり、やがて霞の中に消えていった。

 

まるで魂があらわれて、ふっと消えていったようにも思えた。

薄暗くなった空を見上げながら、私は妻が眠る鰺ケ沢の小さな寺の墓地へ向かった。

 

 


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