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2018-11-03

【 ジョンガルナイト Vol.2 】


霜月最初の夜、第2回の「ジョンガルナイト」が開催された。第1回が4月末だったので、半年ぶりの開催である。

第1回「ジョンガルナイト」でも書いたが、この集まりがどうしてこのネーミングになったかは、未だにわからない。みな年齢が年齢なので、自らジョンがっているとは言えないのが実情であるが、お互いがお互いをジョンがっている奴と思っているようだ。しかも今回は、まだまだ現役でジョンがれる活きのイイ若者が参戦するらしい。私は気合いを入れて、駅前にある和風ダイニングに向かった。

 

私は、仕事を終えてからの参加となった。店に着くとすでに彼らはジョンがる寸前だった。「蒔苗ジョガ郎」「佐藤ジョリ樹」「斎藤のジョむ」と私の4名は、第1回と同様の参加。そして今回初参加となった「アヌール高橋」もとい「ボヌール高橋」くんである。高校生の頃、私のいる店に来ていてくれた彼は、今や野菜や果物を販売する食材ショップのオーナーとなっていた。

妙に背もたれが直角にジョキっとなった椅子も、ジョンガルナイトにふさわしい。すでにビールを2杯ほど空けていた彼らの話題は、すでに「若かりし頃のエロ本」の話になっていた。

たかが「エロ本」されど「エロ本」である。なぜかといえば、「エロ本」をいかにして購入するか、手に入れるかというのは、かつての若者にとってとても重要な考えるべきことであったし、そんな若者の消費行動は経済を左右する大きな要因でもあった。それはおそらく現代でも同じであり、本がビデオに変わり、ビデオがYouTubeに変わった。それが今の経済を体現しているとも言えるのだから、やはり「エロ」はいつの時代でも、その時代の経済を反映させる重要なファクターに違いない。そんな話を至極真面目にするオッサン4人とオッサン手前の若者ひとり。

さらには、最近巷でキーワードになっている「自己責任」の話に。ジャーナリズムのあり方、メディアのあり方、そして政治のあり方。公務員が約2名いるので、あまり赤裸々には書けないけれど、こんな面子がこんな話をするのか!…いや、こんな話でジョンがれるのか?というような、討論が繰り広げられていく。結論としては、自分が生きていること自体が「自己責任」であると。

そしてやはり、最後はどうやったら弘前の街や津軽の地域が、よくなっていくのだろうか?という話に。農業生産者、街で農産物や洋服を販売する者、そして役所に勤める人間。いろいろな職業の人間の思惑が交錯する。市場や協同組合、問屋など、どの業種にも存在する流通の問題。そして、避けては通れないインターネットビジネスの話題もヒートアップする。

ここにきて、新人の「アヌール」いや「ボヌール」くんが、エッジの効いた意見を発した。彼は、弘前の未来を占ううえで、若者の消費に対する動向がとても重要だと訴えていた。その中でも、私が最も興味深かった話が、若者の回遊性である。

かつて街の賑わいの中心だった土手町を、再び活気あるストリートにしようと、街ぐるみで通りをきれいにしたり、イベントができる施設を作ったりが盛んに行われている。それによって、魅力を取り戻した土手町に再び若者が溢れ、街を回遊するのではないか…これは非常にお役所的な考えであり、仮に回遊性がよくなったところで、若者はそこにお金を落とすのだろうか?回遊性を求めるターゲットが違うのではないか?それが「ボヌール」くんの意見だった。

私は「鋭い!」と思った。以前、少しだけブログに書いたことがあるが、実は常々私が疑問に思っていたこと。それが「街づくり」についてだ。ここ十数年、日本の各地で「街づくり」が盛んに行われている。青森や弘前もしかり。私は「街づくり」の考え方は、とても重要で大切なことだと思っているが、「街をつくろう」とする考えには反対である。

「街づくり」とは本来「街の未来」という「時間をデザインする」ことだと思っている。役所の多くの方も、そんなことは言われなくてもわかってると言われそうであるが、どうも街のお金のかけ方を見ているとそうは思えないのだ。

「ジョガ郎」氏がいいことを言った。「街づくり」をするときは、成功したモデルを持ってきて、それを真似して「街づくり」するという考えが多すぎると。しかし、成功したモデルは、そこの時点で成功している(ように見える)だけであって、その先は誰もわからないのだ。大学の大教授でもわからないのだ。いや、もしかしたら感覚的にわかる人間もいると思っている。でもそういう人間には、それを訴える立場やチカラがないことが多い。

道路や景観をデザインするということは、「街の未来」のためにとても大切なことであるが、最初から「街」を作ろうとするあまり、後々無用となるハコモノが作られたり、メルヘンなアーケードが設置されたりというのは、よくあることだ。役所が、通りを作り「どうぞ、どなたでもお店を構えて下さい」と言ったところで、今どきの感性のある経営者は出店するはずもない。

街中でいろいろな工事が行われているのを見るたびに、私はいつも朧げにそのようなことを感じていた。しかし、若き「ボヌール」くんは、さらに突っ込んで「若者の消費の仕方、街での住み方、動き方」そういうところまで、分析していたのだ。街で商売する仲間として、驚いたし嬉しくもあった。

「街」とは「つくる」ものではなく「できあがっていく」ものだと思う。車社会となった現在、無理に通りが商店街にならなくても、「広く市内に魅力的な店が点在する」そういった広い範囲で考える、俯瞰してみる方が、「時間をデザインできる街」が出来上がっていくのではと思っている。

 

 

こんな話でジョンがってしまった5人は、知らぬうちに日本酒の小瓶をいくつも空けていた。「のジョむ」くんの最終電車の時刻が迫っていた。私たちは会計を済ませ外に出た。11時だった。2次会に行こう!という声は一切なく、「お疲れさまでした!へばまた!」と三々五々、みな帰途に着いた。

そういえば、「第1回ジョンガルナイト」も11時前に終わったっけ。微妙に健康に気を使うオッサンたちであった。

 


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