toggle
2018-10-04

弘前の洋食屋 / 「 銀水食堂のカツカレー 」


外観はどうみても食堂である。店名にも食堂がついているし。メニューをみてもラーメンやチャーハンなど、まさしく食堂のそれである。

でもここの「カツカレー」を食べると、思わず「洋食屋のカレーだ!」と唸ってしまう。時折、無性に食べたくなってしまう…それが「銀水食堂」の「カツカレー」なのだ。

 

 

弘前を代表する鍛冶町の老舗「銀水食堂」は、昭和28年(1953年)創業。初代店主は元々、本県初の本格的な百貨店として知られる「かくは宮川」のコックを務めたとのこと。現在は、先代の息子さんと奥さんのお二人で店を切り盛りされている。

私が今の店に勤め始めた35年前、「銀水食堂」はすでに今の鍛冶町で営業していたが、当時の土手町界隈は「葡萄屋」やカレーの「スパイス」「特一番」など、喫茶店や食堂がたくさんあり、昼飯を食べるのに困ることはなかった。

「銀水食堂」までは少しだけ距離があったので、店に行くことは少なかったが、出前を取ることはよくあった。当時、私の店に小さな手書きの「電話帳」があって、その頃店にいたスタッフが「銀水食道」と書いてあったのを今でも思い出す。30年前の現在の銀水店主は、まだ30代と若く、しょっちゅう出前をしているその姿を見て、私はそこの食堂に勤めている人だと勘違いしていた。

その頃、私たちがよく注文していたのは「カツカレー」ではなく「肉うどん」だった。肉と野菜がたっぷりと入ったうどんで、味は和風でもなく洋風でもなく、アミノ酸味たっぷりの肉体労働者が好みそうなオリジナルな味だった。値段もリーズナブルで、お金のなかった若者にとって心も体も温まる一品だった。

やがて土手町から、美味しいランチが食べられる喫茶店や食堂が次々と消えていった。誰もが車を持つようになり、郊外の洒落たお店でランチをするようになった。街にはコンビニも増え、手軽にランチをすませる人も増えた。そんな中「銀水食堂」は、ほとんどメニューを変えることなく、営業を続けた。

私は出前を取ることはなくなったが、お店に行くことが前より多くなった。そしてお店に行くと土手町界隈で働いている知人友人が、必ず誰か昼飯を食べに来ていた。頼むメニューは「肉うどん」にかわり「半チャラーメン」が多くなった。そして「カツカレー」を食べ、そのカツの美味しさに魅了されてからは、いつも「カツカレー」を頼むようになった。正確に言えば、「カツカレー」を食べに「銀水食堂」に行くようになったのだ。

カレーそのものは黄色みのある少し甘めの味。まさに昭和のカレーの味なのだが、サクサクとほんの少しだけ塩味のあるカツと一緒にいただくと、これがまたなんとも美味いのだ。辛すぎないので、娘も美味しそうに食べる。

 

ごちそうさまでした!


 

鍛冶町に店を出して65年の老舗大衆食堂。味やレトロ漂う雰囲気はもちろん、値段もそんなに変えることなく、昭和の古き良きを今に残す名店「銀水食堂」。ここがなくなったら困る人がたくさんいると思う。そんな誰もから愛される「銀水食堂」。

ぜひ、ご夫婦ともにお元気で、お店を続けて欲しいと思います。

 


関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です