東北一周旅紀行 その10 〜「声楽アンサンブルコンテスト全国大会」〜
ステージ本番前の夜は、気持ちよく熟睡した記憶がない。ヘタをすると一睡もできずに翌朝を迎えることもある。
不安を感じているわけでもないし、期待でワクワクして眠れない…というのでもない。昔からいろいろ妄想する癖がある。そのせいかもしれない。
それでも3時間は寝たのだろうか。ホテルで朝食を済ませ、Apioのメンバー皆で練習会場へ向かう。
今回は演奏順が39団体中の7番目とかなり早い。本番はちょうど正午頃だ。
喉にあまり負担をかけぬよう軽く声出しをして、「福島市音楽堂」へ向かった。
各都市にある市民会館や県民会館に比べると曲線が多用され、独特の形をした建築。
正式名称は「福島市音楽堂」であるが、現在は「ふくしん夢の音楽堂」という愛称で親しまれている。
美しいタイル壁に囲まれた大ホールは、国内トップクラスの豊かな残響を有する。歌を歌う人間にとって、この場所は永遠の憧れだ。
「声楽アンサンブルコンテスト全国大会」は4日間にわたって開催される。
1日目と2日目は中学・高校、この日の3日目は一般の部で、トータルで130ほどの団体によって競われる。
4日目の最終日には、各部門で選出された金賞団体による「本選」が行われる。
リハーサルから本番までは、時間のベルトコンベアーに乗るが如く、淡々と時が過ぎていく。
ステージの袖で待機する。ステージでは鳥取のアンサンブルが演奏をしていた。
今回Apioが演奏するのは「Palestrina / パレストリーナ」の曲を3曲。パレストリーナは、イタリア・ルネサンス期の音楽家である。カトリックの宗教曲を数多く残し「教会音楽の父」ともいわれる。
「関ヶ原の戦い」よりも前に作られたイタリアの曲を、日本の田舎の小さなアンサンブルがこの現代で歌う。なんとも不思議な思いだ。
前の団体の演奏が終わり、我々がステージに立つ。私は一番後ろの列に立った。
大輔くんの合図とともに演奏が始まる。
いつものことながら、演奏が始まってしまえば時間はあっという間に過ぎる。
特に緊張もせず、熱くもならず、かといって冷静になっているわけでもなく、何かふわふわとした気持ちのままに時が過ぎていた。
歌い終わり、記念写真を撮っている間も何故か特別な充実感というものはなく、まだふわふわとしていた。
何ヶ月も練習を繰り返してきたのに、本番はほんの10分ほどで終わってしまう。だからかもしれない。
外で昼食を終えた後は会場に戻り、他の団体の演奏を拝聴した。
各県を代表する団体の演奏は、当然ながら素晴らしいアンサンブルばかりであった。しかし、一昔前のようにルネサンスポリフォニーを演奏する団体はほとんどなかった。
大きい合唱団で選抜されたメンバーによるミニ合唱団が、昨今人気の曲を見事に歌い上げる…そのような印象が強い。これも時代の流れなのだろうか。
今となってはApioは稀有な存在に思えた。
全ての団体が演奏を終え、審査の発表の時を迎えた。
成績は、金賞・銀賞・銅賞・優良賞のいずれかで、39団体の半数以上は優良賞である。
いつものようにメンバーの藤森くんがステージに上がり、発表の時を待っていた。成績は出演順に発表される。Apioは7番目だった。
意外なことに、1番目から6番目まで、すべてが優良賞だった。妙に不安と期待が入り混じる。
「合唱団Apio 銅賞!」
Apioは銅賞だった。本選には進めなかった。安堵と悔しい思いが交錯した。いや、少しだけ悔しい思いの方が勝っていた。
心なしか、金賞は後半に演奏した団体に偏っていた。そう考えると39団体中の7番目の演奏というのは、少々ハンデがあったような気もした。
しかし、それも実力のうちだ。県の代表として恥ずかしくない仕事はできたと思う。
夜はApioのメンバーとしこたま酒を飲んだ。美味い酒を飲んで、帰り道は歌を歌った。
そんな時間を一緒に味わうことができる仲間がいる。
それだけでも幸せすぎるひと時だった。
さあ、明日は鶴岡と酒田を目指します!
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