「 ひと夏の経験 」
8月20日、青森市民ホールにて「全日本合唱コンクール青森県大会」が開催された。
私は昨年同様、「みちのく銀行男声合唱団」の一員として参加した。
結果を先に言えば「銀賞」だった。一般の部では2位ということで、秋田市で開催される東北大会にコマを進めることができた。
というわけで、秋田市内のラーメン屋をチェックしとかなきゃな。
実はこの日、私は還暦にして「ひと夏の経験」をした。
あなたに女の子の一番 大切なものをあげるわ
小さな胸の奥にしまった 大切なものをあげるわ
我々の世代にとって「ひと夏の経験」といえば、この歌。
「女の子にとっての大切なものって何なのだろう」と、当時小学6年生だった自分の頭の中は、いろんな妄想でグルグルしていた。
あれから50年近くが経ち、あの頃の山口百恵と同じくらいの年齢になった娘を見ると「女の子にとっての大切なもの」は、未だにわからない。
未だに「女の子にとっての大切なもの」はわからないけど、「自分にとっての大切なもの」をこの日、学ぶことできた。
「指揮、お願いできませんか?」
コンクール前日の夕方、知り合いの先生から電話があった。
先生ご自身が事情によりコンクールに参加できないので、代わりに指揮をしてくれないか…というお願いだった。
何故、私に打診があったのかといえば、たまたまなのだけれど、ほんの二日前にその学校の練習を見学に行っていたのだ。
顧問の先生から「一度、練習を見学に来て、子どもたちに一言アドバイスでもお願いします」という連絡があって、少しだけ覗かせてもらったのだ。
でもそれだけの理由で、私のような人間が本番でいきなり指揮をするというのは、どう考えても無謀にしか思えない。
部活の練習やパーティなどの宴会で指揮をしたことはあったが、大きなステージで指揮をしたことなどない。ましてやコンクールの舞台である。
「いやいや、無理ですよ」と一度は断りの返事をした。
夜に再びお願いの電話があった。
「辞退も考えましたが、これまで練習をしてきた子どもたちがかわいそうで…」という先生の熱い思いがひしひしと伝わった。
それに、自身がこの7月に「少年少女合唱団」を立ち上げたばかりではないか。
ここで断れば自分が後悔すると思った。
パソコンの中にある楽譜とにらめっこし、明け方まで何度も繰り返し音源を聴いた。
ほとんど眠ることができずに、朝早く学校へ行き、生徒たちとわずか一時間だけ練習をした。
ピアノ伴奏なしのアカペラを2曲。しかも変拍子。
曲作りなどする余裕は一切なく、歌い出しのタイミングばかりをひたすら練習した。
「こういうピンチってのは、なかなか経験できることじゃないから、この際、楽しんでいこう!」
と、よくあるセリフを吐いたりしたが、生徒たちはどこかこの状況を楽しんでいる雰囲気があった。
悲壮感を漂わせているのは自分だった。
会場に着き、時間を置くことなくリハーサルに向かう。
リハーサル室の前には、他校の生徒が先に準備をしていた。
金賞の常連校とあって待っている間も、「スースースーーー」と全員で呼吸法の練習をしている。
私が引率してきた生徒たちは、その様子を何か怖いものでも見るようにして、隅っこの方に固まっていた。
無理もない。この日、一緒にステージに立つ彼らは、実は合唱部ではなく吹奏楽部の生徒だった。
顧問の先生が、「音楽をやるのなら楽器だけじゃなく、歌もやろうよ」と、吹奏楽部の生徒たちと少しずつ合唱も練習をしてきたのだった。
現に彼らは、数週間前に吹奏楽の県大会を終えたばかりだった。
リハーサル室で10分くらい練習をした。
ここでも、ほとんどの時間を歌い出しの練習に費やした。自分の指揮のせいで、演奏がグダグダになっては申し訳ない。
練習を終え、私は彼らにひとつだけお願いをした。
「参加することに意義があるとよく言うけど、私は必ずしもそうは思いません。今、自分たちができる全てを出し切ること。そこに意義があると思っています」
それは、自分に言い聞かせている言葉だった。
ステージの袖で聴く金賞常連校の演奏は、全く別物だった。
曲作り以前に、声そのものが全く違っていた。でも、そんなことは関係なかった。
ステージに立ったら聴衆に向かって堂々とお辞儀をし、生徒たちに向かって笑顔を見せ、落ち着いて曲に入る。それだけを考えていた。
直前に、生徒の肩を揉んだり、顔をマッサージしたりして緊張をほぐしてあげた。
さあ、出番だ。
ステージに立った生徒たちの顔がこちらを見ている。
少し緊張しているみたいだけど、みんなの顔が輝いて見えた。
私はゆっくりと手を動かし始めた。
全ての団体の演奏が終わった後、1階のロビーに生徒たちが集まっていた。
生徒たちはみな、「とても楽しく歌うことができた」と言ってくれた。代表して、部長さんが私にお礼を述べてくれた。
私も「このような機会をいただき、みんなと一緒に貴重な経験ができて嬉しかったです」と、お礼を述べた。
結果は、ずっと下の方の順位だったけれど、青森からの帰り道、私はどこか清々しい気持ちになっていた。
この日は、「自分にとっての大切なもの」を知るという、まぎれもない「ひと夏の経験」をした一日だった。
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