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2019-03-06

こんなに高いラーメンがあるなんて 東京のラーメン / 『 すずらん 』


千駄ヶ谷での仕事を終えて、次の展示会場がある恵比寿に向かうことにした。時計を見ると午後3時。朝に弘前駅で蕎麦を食べてからかなりの時間が経っていた。「ラーメンでも食べようかな」

恵比寿は仕事でよく来るので、それなりに名の知れたラーメン屋の暖簾はくぐっている。スマホの検索で、恵比寿オススメのラーメン店10選を見ても、ほとんどは行ったことのある店だった。その中に、一軒だけ耳にしたことのない名前があった。〈すずらん〉というラーメン屋だった。

今回は、勇気を出して入店した、とんでもなく驚きのラーメンをご紹介。

 

勇気を出して…というのには理由がある。検索したときにレビューを見たからだ。「値段を見てビビった!」「こんな高いラーメンがあるのか!」 中には「オススメのふかひれラーメンがあったので、値段を聞いたら8000円と言われた!」とか。まじか!8000円?

まあ、東京だし、こんな高いラーメンを食べる物好きもいるのだろう。たかがラーメンに何千円も出すなんてバカげている。やはり素直にいつもの〈AFURI〉か、久しぶりに〈ちょろり〉でも行こうかなと思ったが、あるレビューを見て気持ちがぐらついた。「あの〈すずらん〉が3月で店を閉めるという。伝説的なラーメンが食べられなくなると思うと残念」

そうか…閉店するのか。出張の予定を考えると、もう食する機会はないかもしれない。そうして、私は勇気を出して入り口のドアを開けたのだ。

「いらっしゃいませ」 入り口のすぐそばに男性が立っていた。入り口の真ん前の席を案内されたが、私は少し奥の方の席をお願いした。というのも時間のせいか、客は私一人だけだったのだ。席はコの字のカウンターのみ。入り口の近くはどうも落ち着かないので、少し奥の方の席に座った。

少し薄暗い店内には、ジャズのような音楽が流れていた。ラーメン屋というよりは、和風のバーという雰囲気だろうか。少し周りを見渡すと、メニューのポスターが2枚貼ってあった。ひとつは例の「ふかひれラーメン」 あー!これだこれだ。ヤバいやつだ。確かに値段が書かれていない。隣に貼ってあったのが「はまぐりラーメン」だった。もしかしたら、こっちならいけるかもしれない。

「あの〜、このはまぐりラーメンはいくらですか?」 「あ、こちらですか」 少しだけ間があった。 「こちらは、8000円になります」

一瞬、ドッと顔が熱くなるのを感じた。冷静を装い「あ、わかりました」と返す。値段を聞いて「わかりました」も変だと思うが、とりあえず頑張って答えた。冷静を装った顔のままでメニューを見た。4桁の値段ばかりが並んでいる。一番安いのが「葱ラーメン 1750円」だった。「8000円」を聞いた後に「ネギラーメン 1750円」を頼むのは、ビビったと思われるだろう。それは避けたい。そんな意味もないことが頭をグルグルと駆け巡った。何を頼んだらいいのか、私の頭の中はパニックになっていた。

「チャーシュー麺をお願いします」 なぜ「チャーシュー麺」を頼んだのかよくわからなかったが、頭が勝手にバランスを取ったのかもしれない。

少しだけ冷静になって、もう一度メニューを見てみる。「写真撮影はお断りします」とある。ただ、頼んだラーメンだけはOKとのこと。店内や店員を撮るのはNGということらしい。いや、店員は撮らないでしょ、と思ったが、よく見ると長身のなかなかのイケメンがラーメンを作っていた。もしかしたらイケメン好きのオバサマがパチリとやるのかもしれない。

店員二人によるチームワークで「チャーシュー麺」を作る様子がカウンター越しに見える。器を見て驚いた。そう、それはドンブリではなく器だった。30cm近い直径がある器。深さも4cmほどしかないが、中央部分だけが10cmほど深くなっている。

「お待ちどうさま、チャーシュー麺です」 と目の前に30cmの器が置かれた。黄金色に透き通るスープに、繊細そうな麺がゆらゆらと漂う。その上にとても焼豚とは思えない、まるでローストビーフに見間違えそうなチャーシューが美しく並んでいた。

スマホを手にして「一枚だけいいですか?」と、おそるおそる尋ねると「はい」と小さな声で返事があった。スマホでラーメンを撮るのに、こんなに緊張したことはない。

目の前にある割り箸を手にする。見たこともない高級そうな割り箸だった。同じく高級そうなレンゲでスープをひと口。おお!なんか違う!なにか深みのある味がする。もちろん自分の舌ではどんな食材が使われているのか、全く見当もつかないし、自分のボキャブラリーでは的確な説明をすることも難しい。

麺は細めのストレート。深みのある味のスープを纏いながら麺をすする。なんとも言えない歯ごたえとコシの良さ。2種類のネギと繊細に小さめに切られたメンマも上品さを演出している。

そして何と言ってもチャーシューである。どう見てもラーメン屋で食べるチャーシューには見えない。それが美しく10枚も並んでいる。ひと口いただく。おお!美味い!これは、ヤバい!あ〜、ボキャブラリーがない…

これだけのパフォーマンスの高さを感じるヤバいラーメンは初めてだった。しかし、ヤバかったのはラーメンだけではなかった。

カウンターの中にいる長身のイケメンが手を前に組み直立不動で立っている。かすかなBGMが流れる店内に客は自分一人。麺をすする音が響き渡る。上目で前を少しだけ顔を上げると、目の前にイケメンがこちらを向いて立っている。視線はこちらにあるのかわからない。こんなヤバい雰囲気でラーメンなど食べたことはない。

気がつくと、私は汗をかき始めていた。ラーメンを食べたせいで身体が温まり汗をかいている…のではないことは、自分でもわかった。美味いスープ。コシのある美味い麺、そして美味すぎるチャーシュー。私は次第に何を食べているのかわからなくなっていた。

中央のくぼみに沈んでいた麺とチャーシューを掬い上げた。そして最後に、そのくぼみに残っていたスープを一口だけ口に運んだ。

汗だくになった私は、隣の席に置いていたモッズコートを着ることはなく、トートバッグと一緒に手に持ち、「ごちそうさまでした」とひと言発した。長身のイケメンがカウンター越しに電卓をスーと差し出した。「こちらになります」  差し出された電卓には「2800」の数字が並んでいた。

「ふかひれ」や「はまぐり」に比べたら、かなり安く感じる値段だが、いや、やはり高い。かなり高い。いや、でも美味しかった! いや、でもよく味を覚えていないような気が…

トートバッグの中を漁っても、朝に入れたはずのバンダナが見つからない。しょうがないので、ポケットティッシュで流れ続ける汗を拭いた。そして思った。

今日の帰りの新幹線、駅弁はナシにしよう。


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