ツール・ド・ツガル / 「地魚屋 たきわ」鰺ヶ沢漁港前
高校時代の音楽部の先輩が、私に見たことのない携帯電話を見せてくれた。
画面には幾つかのフォルダがある。そのひとつのフォルダ(なんかの会社名)をクリックして携帯電話の上部をポンと叩くと、バサッと書類が出てきた。
数十年前に描かれた近未来のガジェットにも見えるし、数十年後に見る過去の遺物にも見えた。
「なかなか便利な携帯だっきゃ!」
先輩が得意げに言ったところで、目が覚めた。
二度寝をすると、繰り返し変な夢を見る。眠りが浅いからだろう。
むくりと起き上がり、そのまま脱衣所に行き、干していたサイクルジャージを身につけた。タオルや着替えもノースフェイスのナイロントートにぶち込んで、外に出る。
外はすでに暑かった。6月初旬とは思えない。
いつものようにロードを車に積み込み、岩木山の方に向かった。今日は、岩木山麓にある「東岩木山温泉」という初めての温泉に浸かる予定を立てていた。
岩木山をグルっと一周するネックレスロードには、嶽や百沢など有名な温泉があるが、鰺ヶ沢寄りには温泉はほとんどない。唯一と言っていいのが、この「東岩木山温泉」だ。
ここの温泉に車を置き、鰺ヶ沢までツーリング。鰺ヶ沢で昼飯を食べた後に温泉に戻り、岩木山を望みながらゆったり湯船に浸かる。それが今日の予定だった。
ネックレスロードを走ると、やがて「東岩木山温泉」の看板が見えた。ネックレスロードを左折して3kmほど走ると、温泉に着く。
しかし、左折して私は初めてある事実を知ることになった。道が未舗装だったのだ。
とりあえず砂埃をあげながら、温泉施設まで走ってみる。未塗装の若干の上り坂。距離は決して長くはないが、これをロードで走るのは厳しい。砂利に乗ると落車の恐れもあるし、パンクする可能性もある。
温泉はいつでも来れる。私は素直に諦めて、ネックレスロードに戻りそのまま車を走らせた。他に思い当たる温泉もない。
(しょうがない。このまま山を下って鰺ヶ沢まで行こう)
青々とした山の中をくぐり抜けると遠くに海が見えた。車を日本海拠点館に置き、ロードを取り出した。
(さて、どこまで行こうか)
風合瀬のイカ焼き村まで行こうかと考えたが、ハンドルに巻きつけた時計は、もうすでに12時になろうとしていた。
(風合瀬までだと帰りがちょっと遅くなるな〜…千畳敷までにしよう)
海沿いを走り始めたが、ふと腹が減り始めていることに気づいた。二度寝をする前に、娘が食べ残したおにぎりを一口食べただけで、あとは何も食べていなかった。
このまま千畳敷に行っても、途中で腹が減ってしまいそうだった。どうせ、今日は最初から予定が狂いっぱなしだから、深く考えずにまずは飯を食おう。
走り始めて、まだほんの2kmほどだったが、私は迷うことなく港の目の前にある飯屋にロードを停めた。
店の前にロードを停め、店の中に入ると、
「あら、いらっしゃい〜久しぶりだの〜」と女将さんが私に声をかけた。
私のことを憶えているのか、なんとなく見たことのあるチャリダーだと思ったのか、それともチャリダーには誰にもそんな感じで声をかけているのか、は、わからなかったけど、私も「あ、どうも〜」と返した。
でも、かれこれ十数回は訪れているし、ジャージ姿だからそれなりに憶えてくれていたのかもしれない。もしかしたら、鰺ヶ沢の生まれだという話したこともあったかもしれない。
今回も、鰺ヶ沢出身のことを話そうと思ったが、「来る度に同じことを言う痴呆の始まったオッさん」だと思われるかも…と、やめておくことにした。
「地魚屋 たきわ」では、平目のヅケ丼が最も人気らしく、訪れる多くのお客さんがそれを注文する。6、7月あたりは生ウニ丼も人気だ。
だが、私はここに来るとかなりの確率で「マグロのカマ焼き定食」を頼む。刺身やウニももちろん好きなのだが、いつもあの「カマを焼いた匂い」の誘惑に負けてしまうのだ。
今回も迷わずに、それを注文した。「ご飯の量は普通でいいの?」と聞かれたが、あまり食べすぎるとその後の走りに堪えるので、大盛りはやめておいた。
外に簡易的なサイクルラックが設置されていた。私は、外で写真を撮り、サイクルラックにロードを立てかけた。
先週、盟友阿保さんたちチャリ仲間が、「たきわ」を訪れたらしいことを話したら、そのことはよく憶えているようだった。阿保さんインパクトあるしなあ。
店内には相変わらずジャズが流れていて、アートなポスターが飾られてある。鰺ヶ沢という田舎とそのギャップもまた良し。
「お待ちどうさま〜」
ご飯と味噌汁とお漬物。そしてメインの「カマ焼き」が目の前に置かれた。
ご飯や味噌汁が小さな小鉢に見えそうだが、そうではない。引いて撮っているからそう見えるが、ご飯も味噌汁もごく普通。カマ焼きがデカいのだ。
網とバーナーで焼いたカマから、香ばしい匂いが舞い上がる。身をほぐしかぶりつく。ん〜〜〜!ウメえ!
ほくほくに焼きあがったカマは、塩っ気を含み、飯がすすむ。こりゃ、大盛りでもいけたなあ。それだけ、カマのボリュームが凄かった。
裏返すと、そこにも赤身の色をしたマグロの肉がびっしりと詰まっていた。すでに白飯はなくなっていた。私は、酒の肴を頰張るように、カマを隅々まで食べ尽くした。
私が食べている間に、次々とお客さんが店に入ってくる。相変わらず人気のようだ。コロナの影響でしばらくお休みしていたらしいが、夏に向けてまた繁盛してほしい。
「ごちそうさま!」
会計を済ませようとすると、「今日のカマ、ちょっと小ぶりだったから、1200円でいいよ」
なんと、あのボリュームで小ぶりとは!さすが、漁港前の飯処。
「気をつけて帰ってね〜」と、気遣いの言葉をいただいて、外に出た。
目の前には、生まれ故郷の鰺ヶ沢に海が、ゆったりと横たわっていた。
「地魚屋 たきわ」
青森県西津軽郡鰺ヶ沢町本町199 (鰺ヶ沢漁港が目の前です)
定休日:不定休
いつも平面構成的なフレーミングが勉強になります