『大湊海自カレー』は難易度高シ 〜むつ市グルメ探訪〜
五所川原市フォレストブルーで開催された渡辺秋香さんたちの演奏会を鑑賞したあと、私は車でむつ市へ向かった。
むつ市にある「ウェンズデーコーラス」という合唱団が、今年の定期演奏会開催にあたり、「みちのく銀行男声合唱団」を特別ゲストとして招待してくださった。それが、秋香さんの演奏会の翌日だった。
音楽を鑑賞した次の日に自分が演奏をするという、なんとも慌ただしい二日間だが、表現することのテンションを保つためには良いことかもしれない。
むつ市を訪れるのは6年ぶりだろうか。
とは言っても、そのときは観光でむつ市を訪れたのではなく、ロードバイクで陸奥湾一周したときに通っただけ。
【弘前〜青森〜蟹田〜(フェリー)〜脇ノ沢〜むつ〜野辺地〜青森〜弘前】とトータル250kmほどの、今考えれば恐ろしいロングライドであった。
さらに遡ること遠く55年ほど前。
亡き父母、叔父と一緒に恐山へ行ったらしい(と思われる写真が残っている)。しかし、4〜5歳の頃だろうから記憶はほとんどない。
ましてや、むつ市の記憶などは全くない。
野辺地を過ぎれば、北へ向かうまっすぐの国道一本道。
暗くなり始めた空に、風力発電の風車の灯りが列をなし、黒い陸奥湾にはほのかに漁火が揺れる。
そんな眠くなりそうな一本道を、「ナイアガラトライアングル」を聴きながら走る。
海沿いを走るときは、大瀧詠一やサノモトを聴く。暗くて海は見えないけれど。
普段行くことのない街を訪れたときに大切なのは、ご当地のグルメを食することだ。
その土地ならではの美味しいものを食べるということは勿論、それによってその土地を訪れたことが記憶として残りやすい…ということが重要だ。
歳をとってくると、何を食べた、どこの温泉に入った、あのときキレイな女の人と話をしたw…などの付随した事柄がないと、頭の記憶から永遠に消えてしまうのだ。
というわけで、今回も下調べは完了済み。
食べログなどのサイトは半分アテにはならないこともあるが、他に頼る情報もない。まあしかし、むつ市といえばやはり『大湊海自カレー』である。
あんまり詳しくは知らないけど、市内の幾つかの店が、海上自衛隊が認定したそれぞれ独自のカレーを提供しているらしい。( 公式HP → 大湊海自カレー )
カレーの名も、【護衛艦ちくまカレー】や【護衛艦おおよどカレー】など、勇ましい名称が付けられている。
「深浦マグロステーキ丼」とか「中泊メバル御膳」とか、昨今こういうやり方ブームなんだろうか。
この日に宿泊予定の「ホテルプラザむつ」1階にある「DiningBar 下北バル」という店の『大湊海自カレー』も認定カレーらしい。
海老フライが2尾もついてくる美味しそうなヤツだったが、1日限定20食とのこと。おそらく着いた頃には終わっている可能性が高い。だから、候補は2〜3軒はチェックしておきたい。
ホテルのすぐ近くに「駅前食堂」というのがあった。まさに、下北駅のすぐ目の前にある食堂で、むつ市民には馴染みの食堂のようだ。
「駅前食堂」という名の食堂は、おそらく日本全国にあると思うが、そのネーミングに(なんとなくご当地の美味しそうなのありそうだなあ)という妄想がついつい膨らむ。
むつの「駅前食堂」には、「海自カレー」もあるけど、人気の煮干しラーメンもあるらしい。煮干出汁を使った「エビ煮干しラーメン」はかなり美味そうだ。
陸奥湾沿いの一本道を走りながら、私の妄想は膨らんでいた。
「海自カレー」にしようか「エビ煮干しラーメン」にしようか…
大瀧詠一を聴きながら、私の妄想はパンパンに膨らんでいた。
五所川原から3時間以上走り続けると、少し市街地らしい光景が見えてきた。
いよいよ、むつ市だ。いよいよ晩飯だ。昼飯は小さなパン1個で済ませておいた。
そのとき、助手席に置いていたスマホが小さく光った。先にチェックインしていたメンバーからのLINEだった。
どうやらメンバー数人は、ホテルの「DiningBar 下北バル」で食事をしているらしいが、『大湊海自カレー』はすでに売り切れだとのこと…やはり。
夕飯は「駅前食堂」に絞られた。
市街地に入ると、左手向こうに駅のような建物が見えた。
すると、いきなり道の右側にでっかく「駅前食堂」が現れた。
食べログには、21時までの営業と書かれている。まだ19時前だ。『大湊海自カレー』にありつけるかもしれない。
店内に入ると、けっこう客がいた。やはり人気の店なのだろう。
中を見渡すと、至るところに戦闘機や戦艦の写真やポスターが貼られていた。全然マニアでもないし詳しくもないが、妙にテンションが上がる。
メニューの種類はかなり豊富だった。
一応、ざっとチェックはするが、別に迷う必要はなかった。
店員さんに声をかけようとしたら、若い男の店員さんの方から私に近づいてきた。そして彼は言った。
「あのう〜すいません。本日、売り切れのメニューがございまして。え〜と、海自カレーが売り切れとなっています。え〜と、それから煮干しのスープがなくなりましたので、煮干しラーメンは全て売り切れとなっています」
「へ?」
「すいません〜」
「あの…エビ煮干しラーメンはあるんですか?」
「あ、そちらも煮干しのスープなので無いですね〜」
「じゃあ、ラーメンは何があるんですか?」
「こちらに書いてあるこってりの豚骨になります」
「…じゃあ、こってり豚骨の醤油でお願いします」
「はい〜!かしこまりました〜!」
「あ、チャーシュートッピングでお願いします」
「はい〜!こってり醤油のチャーシューいっちょう〜!」
悔しいから勢いでこってりチャーシューにしてしまった。
しかし、それは私が本当に食べたいモノだったのだろうか。わざわざむつに来て、食べたいモノだったのだろうか。
ラーメンが来るまでの間、私はスマホを見ながら、でもずっと、うわの空だった。
「はい〜こってり醤油のチャーシュー!お待ちどうさま!」
美味しそう…ではある。
しかし、すでにチャーシューのイメージが違っていた。
そしてスープを一口飲んで、思い描いていた味とは全然違うことを悟った。
こってり豚骨の醤油といえば、和歌山系だった。自分の好きなのは博多系だ。そういえば、メニューには醤油とは別に博多系というのがあったじゃないか。
和歌山系となれば、おそらく麺も中太の縮れ麺だろう。博多のような細いストレートではない。すくい上げてみると、まさにそうだった。
イメージの違うチャーシューを食べてみる。少しレアだった。スープに浸していれば熱が通っていい感じになるのかもしれない。しかし、それほど熱々のスープではなかった。
私の食べたかったラーメンとは90度ほど違っていたし、今日、私が食べたかったモノとは180度違っていた。
私はキレイに完食した。
決して美味しくない…のではない。美味しいのだ。しかし、この日食べたいモノではなかった。
メニューの選択をミスしたのは自分だった。訪れる時間帯をミスしたのも自分だった。全て自分のせいなのだ。
私は、胃に堪えるこってりを流すためにビールを買い、ホテルにチェックインした。
とりあえず、明日は演奏がある。早く寝よう。
ホテルの朝はバイキングメニューだった。
宿泊したホテルが演奏会場でもあったので、午前中はそのままホテルでリハーサルとなった。
お昼ご飯は弁当が提供されたが、当然「海自カレー」ではなかった。
午後、ステージでの演奏を無事に終えた。たくさんの聴衆から大きな拍手をいただいた。
我々のメンバーはそこで解散となった。
ホテルを出発し、むつ市内を車で少し走った。
夕飯をむつ市で食べていくか、途中青森で食べていくか迷っていた。
このまま『大湊海自カレー』を食べずに帰れば、のちに悔やむのではないか…
そんな大ごとに考える必要もないが、せっかくだから食べていこう。ヨシ!
私はさっきまで歌っていたホテルの駐車場に再び車を入れた。
そして、いかにも「夕飯を食べに来ました」むつ市民よろしく、スマホと財布だけを持って、ホテル1階のレストランに向かう。
レストランのドアを開けると、中に客は二人だけ。夕飯には少し早い時間だった。
「お席へどうぞ〜」と、ウェイトレスに促されたが、念のため先に訊いた。
「あの〜、海自カレーはありますか?」
「あ、本日の海自カレーは売り切れになっておりました〜」
「あ…わかりました…また来ます」
たぶん、もう来ない。
私は、暗い陸奥湾を右手に見ながら、津軽に向かってひたすら走った。
心なしか、大瀧詠一が悲しそうに歌っていた。
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