空虚な時間 ③ / 『羽州路の宿 あいのり』の赤湯に浸かル
大館でラーメンを堪能した後は、来た道を再び津軽に向かって走る。
車の中は、達郎にかわってユーミンになっていた。「松任谷由実」ではなく「荒井由美」時代のアルバムだ。
達郎と同じようにユーミンの曲にも都会を感じたジャイゴワラシだったが、中でも「あの日に帰りたい」は大人の曲という感じで、彼女の作品の中では一番好きな曲だった。
秋吉久美子が主演する「家庭の秘密」というドラマの主題歌だった。
少しだけ にじんだアドレス 扉に はさんで 帰るわ あの日に…
最後の一行が素敵です。
アルバムの曲をちょうど半分ほど聴き終えた頃、夕闇の中に明かりが見えてきた。
『羽州路の宿 あいのり』
青森県と秋田県の県境にある温泉。青森県人にとっては「あいのり温泉」と言ったほうが、耳に慣れ親しんだ響きだろう。
僕らが小学生の頃の「あいのり温泉」は、ウォータースライダーや温泉プールなどのレジャー施設を備えた大規模な温泉ホテルで、「一度おいでよ〜あいのり温泉〜!」というCMソングは多くの人の記憶に残っていると思う。
1990年代後半に、閉鎖されてからは廃墟状態だった。国道7号を走って、廃墟と化した「あいのり温泉」が突如現れるとドキッとしたものだ。
数年後、グループホームと併用する形で、小規模な温泉旅館「羽州路の宿あいのり」が開業したが、一度廃墟となった温泉には、正直、なかなか足が向かなかった。
国道から温泉に向かう道を下る。駐車場にはそんなに車はなかった。
中に入り、入浴券を購入するが、受付には誰もいなかったので、券をカウンターに置いて浴場へ向かう。
浴場へ向かう通路は、温泉旅館らしい趣。
突き当たりに男湯があった。脱衣所に入ると誰もいず、中に客が一人いるだけだった。
浴場は思いの外広くはない。小さい頃の「あいのり温泉」が、かなり大きな温泉だったと記憶しているので、そう感じるのかもしれない。
湯気が充満していて、すでに湯の熱さを感じさせる。さっそく内湯に浸かってみる。
う、う、けっこう熱い。
いや、自分が熱いのが苦手なだけであって、熱いのが好みの人にはごく普通なのかも。
温泉旅館というわりには、少々趣に欠ける造り。露天もあるようなので、外に出てみよう。
ひんやりとした空気。
薄暗い視界の向こうには、積もった雪の白がうっすらと見え、そこから天に向かって木々のシルエットが伸びている。
露天の岩風呂はかなりの大きさである。わずかな灯りはあるものの岩風呂の中はよく見えない。
足元の岩に注意をはらいながら、ゆっくりと湯に身体をうずめた。
(あ” あ”〜)
湯は温めで、ちょうど良い。たげ良い。
岩風呂は内湯と同じ成分らしいが、かなり温め。とろみがあり、優しい肌触り。
私は岩風呂のあちこちに移動しながら、ゆっくりと湯に浸かった。幸い、先客は一度も露天に来ることはなかった。
この岩風呂とは別に、木の浴槽で作られた小さな露天がある。
『赤湯』である。
この小さな『赤湯』こそが、巷の温泉マニアを唸らせる名湯らしい。
浴槽は二人ほど浸かると満員御礼ほどの大きさ。
目の前からドボドボと源泉が溢れ出てくる。浴槽のまわりは、湯の成分がこびりつき赤褐色に変色し、これがまたそそる。
湧き出る湯は、ほんのりダシを感じさせる塩味、鉄サビ味、そしてガス臭があり、ギシッとした浴感のある温泉である。
たった一人、雪見をしながら全く泉質の異なる露天を堪能するという贅沢。
なんとも最高の空虚な時間であった。
ラーメンと温泉という、安直な発想で思い立った空虚な時間旅は、初日からクライマックス。
さて、明日からどうしようか。
『羽州路の宿 あいのり』
青森県平川市碇ヶ関西碇ヶ関山185
コメントを残す