嶽温泉『田沢旅館』の混浴で 〇〇ス
この日は、朝から腹の調子が悪かった。胃のあたりがシクシクする。
理由はわかっていた。前の日に食べた特製手作りの「回鍋肉」が原因だ。「回鍋肉」といえば、豚肉とキャベツが主役だが、脇役のネギ…を入れすぎた。
レシピではネギは半分。でも面倒くさいから丸ごと1本入れた。たっぷり入れるのはいいが、もう少し細かく刻むべきだった。
食べた直後はなんともなかったが、朝方から胃がシクシク泣いていた。
ロードで走ろうと思っていたが諦めた。晴れ予報だった天気も、雨マークに変わってる。
しょうがないから掃除でもしよう。ここのところ掃除をサボっていた。
何度かトイレを往復し、掃除をしているうちに汗をかいた。シャワーをしようかと思ったが、せっかくの休みを掃除だけで終わらせるのはもったいない。
こんなときは温泉に限る。無性に硫黄の匂いを嗅ぎたくなった。
いつもの年であれば、「嶽温泉」に来るのはロードバイクが先だったが、今年は車となった。
「嶽温泉」には数軒の温泉や食堂がある。嶽キミの季節になると、美味しそうな香りを軒先に漂わせるのが『田沢食堂』だ。
食堂スペースも広いので利用したことのある人も多いだろう。
『田沢食堂』として親しまれている食堂ではあるが、建物そのものは『田沢旅館』であって、もちろん温泉を備えている。
目の前の広い駐車場に車を停める。車を降りるが、周りにひと気はほとんどない。バスの停留所に観光客と思しき人が一人だけ。
私は、『田沢旅館』側の入り口をガラガラを開けた。中から店の方が顔を出した。
「温泉、いいですか?」と尋ねると、「いいですよ〜」という応え。
400円を支払い、浴場へと向かった。
階下へ降りるというのは、好きなシチュエーションだ。古遠部温泉も然り。
階段を下りきると、男湯、女湯の入り口がある。
ここが温泉だと知らなければ、トイレと間違えそうな入り口である。
年季が入っている…というのとは、また違う。適当というか、簡素というか。脱衣所もそんなかんじ。
予想通り、脱衣所には誰もいなかった。
ここの温泉には、30年くらい前に訪れたことがあった。奥の浴槽は混浴になっていた記憶がある。
おそるおそる中に入ると、青い色が目の前に広がった。(と言うほど広くはない)
30年前は青くなかったように思う。
おそらく床と壁を塗り直したのだろうか。温泉のぬめりも手伝ってツルツルしていて危ない。
入ってすぐ目の前にある浴槽は、2〜3人サイズ。嶽温泉らしいツンという匂いが鼻をつく。
あまり熱いイメージはなかったが、足を入れてみるとけっこう熱い。
奥には窓に面したもう少し大きめの浴槽がある。
この作りは30年前のまま。女湯側と繋がっている混浴である。
なにかしら、トポントポンと音がする。
誰かいるのだろうか。地元のおばさんだろうか。それとも温泉マニアの女子大生だろうか。
少しドキドキしながら、仕切りのアクリル板の向こう側を覗いてみた。
「失礼しま〜す」
ドボドボドボと源泉が流れ込む浴槽には、誰もいなかった。
(まあ、そうだよな)
なにやら音が聞こえたのは、このドボドボと流れ込む源泉が、まわりに飛び散っている音のようだった。
私はがっかりしたような、でも少しホッとした気持ちになって、明るい日が差し込む青い浴槽に身を埋めた。
浴槽の中で、白い湯の花が拡散されるのが、しばらく人が入っていないことを物語っていた。
熱い湯に浸かり、窓の外の岩木山麓の景色を眺めながら、しばし瞑想をする。
知らぬ間に腹痛も収まっていた。
それにしてもここの温泉は、いろんな意味で適当である。
なにしろ、身体を洗おうと思っても、カランが入り口すぐのところにある。それもひとつだけ。
誰かが入ってきたら、ぶつかりそうなものだ。
ここは、ひたすら温泉を味わう…そんな温泉なのだ。
少し酸っぱみのある、硫黄くさい湯を味わう…そんな温泉なのだ。と、思うことにしよう。
そして再び、奥の混浴風呂に一人ゆったりと浸かり、瞑想する。
ふと
「春の来るのは〜」と、タダタケの一節を大きな声で歌ってみる。
「わいは〜、なんぼ良い声っコだっきゃの〜」
という、おばちゃんの声は、どこからも聴こえてこなかった。
『田沢旅館』
青森県弘前市大字常盤野字湯の沢10
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