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2018-12-08

『 眼高手低 』


「座右の銘」という言葉がある。常日頃から心の中に留めておき、自分の励ましや戒めとする言葉、その人の生き方や仕事に対する姿勢や方向性、価値観の基本となる言葉のことだ。よく、偉人や有名人が自分を語るときにしばしばこの「座右の銘」が出てくる。

自分でも、何度か「これは!」という言葉に出会ったときに、「これを自分の座右の銘にしよう!」と意を決めたことがあるが、しばらく時間が経つと「あれ?座右の銘なんだったっけ?」となることもしばしばであった。忘れていなくても「今思えば、これなんか違うなあ」と、何か別の言葉を探してしまうことも。

カッコつけて難解な言葉を選ぶと、それこそ忘れてしまいそうだし、かといって「一日一善」みたいな誰もが知っている言葉だと、人前で言うのは少々恥ずかしいものがある。世の中にある多くの名言の中から、たったひとつを選ぶというのは難しい作業だが、そもそも「座右の銘」は探すものではない。

講義の中で恩師が言った言葉。何かの本を読んだときに見つけた言葉…など、自分にとって心に響いたときの言葉が「座右の銘」になるのだと思うのだが、結局自分の傍には何の戒めの言葉もないまま、半世紀以上の年月が経っていた。

大学を卒業し、洋服屋の道で食っていくと決めてからのこの30年数年は、エキサイティングで充実した日々だった。日本だけでなく、アメリカやヨーロッパの洋服の買い付けなども通して、海外の文化にも触れることができた。しかし50を超えたあたりから、自分の意思で何かを始める、行動するということに気持ちが向くようになってきた。

「何かを始めるということに、年齢は関係ない」とよく言われる。時間もお金も自由にならない40〜50代のオッサンにとっては、新しいことを始めるには勇気がいるのも事実だが、退職をして悠々自適に暮らす自分を待ち続けるのは愚かなことだ。

50で始めたロードバイク、以前から少しだけかじっていた写真も然り。まわりの知り合いに刺激を受けたというのもあるが、ここ数年で新しい自分に出会えることができたと思う。

 

雪の中の三厩漁港 2017年2月

 

 

ただ、自分の可能性はそれで終わりだろうか。自分の意思で、もう一歩先に自分を高めることはできないだろうか。ロードバイクもただツーリングするだけではなく大会に出場してみる。写真も撮るだけではなく写真展を開いてみる。

そんなことを考えていた時に出会った言葉。それが『眼高手低』だった。

パソコンで変換されるくらいなのだから、有名な四字熟語なのかもしれないが、自分にとっては初めて見聞きする言葉だった。『眼高手低(がんこうしゅてい)』とは、一般には「批判することばかり上手で、実際に作ってみると下手なこと」あるいは「目は肥えているけれど、実際の技能は未熟であること」という意味に解されていて、いずれにしても、あまり良い意味には使われていないらしい。

しかし、あるサイトで読んだところ、ノーベル物理学賞を受賞された益川博士は、この言葉を「目標は高く、実践は基礎から着実に」という意味に捉えているそうだ。博士は常日頃から、学生や若い研究者たちに「目標は高くもて、研究は基礎から着実に下から積み上げることが大切だ」と助言しているとのこと。なるほど、固定観念に囚われずに、古くから伝わる四字熟語でさえ「発想の転換」もありなのだと感心した。

この言葉、自分なりに解釈もしてみた。「批判することばかり上手で、実際に作ってみると下手なこと」というのが元の意ではあるが、「批判することばかり上手で、実際に作ってみると下手だった。でも下手でもいいじゃん。何事も下手くそから始まる。上手くなくてもいいから、まず始めよう」

そう勝手に解釈した。その日から、この言葉は私の「座右の銘」になった。正直、字面も響きもあまりカッコよくはないし、耳慣れない言葉ではあるけれど、その解釈を自分で決めたがために忘れることはなかった。まわりにいる友達も聞いたことがない言葉であろうから、誰かに話したこともない。

ここ数年、インターネットの爆発的な進化やスマホの普及によって、誰もがあらゆる情報を得られる時代になった。昔の学生のように分厚い辞書を持ち歩かなくても、誰もがググることによって一瞬で博識になり、饒舌に他人を批判する。誰かに批評され自分が無知であることを知ると、負けじとググる。その応酬。

ここ数年、その応酬に疲れた気がする。だから、他人が何と批判してもいい。もちろん批判はアドバイスとして受けるが、気にしすぎないことだ。まずはやってみよう。下手くそでもいいから始めよう。

猫写真にチャレンジ

『眼高手低』…いい言葉に出会ったな。

そんなことを改めて思う、今日は56歳のバースデイだった。


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