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2017-05-06

弘前の桜 と 写真


弘前の桜まつり。「観桜会」として始まった頃からすでに100年ほど経つそうです。そんな「桜」と「桜まつり」、そして「桜の写真」について思うこと。

弘前の桜まつりも終盤に近づきました。一昔前までだと、桜が散ったらまつりもほぼ終わり…なかんじでしたが。近年は「花筏」っていうのが人気のようで、濠一面が薄ピンクに染まる様をひと目見ようと、GW後半でも県外から観光客がみえるようです。

この「花筏」を見れる外濠の絶好のポジションには、カメラマンがずらりと並んでいます。ゴツイ三脚に高そうなカメラを乗っけた本格的カメラマンから、コンデジでパシャパシャ撮りまくるおばさま…失礼、カメラ女子。そして今どきのハイテクスマホで自撮りする女子高生まで、日本一億総カメラマンと言われるのも頷けます。

一昨年の秋、弘前城の天守は「曳屋」により、本来の場所から本丸中央寄り移動しました。これは石垣の修理工事によるもので、あと10年ほどはかかるらしいとのこと。この「曳屋」が行われる前までは、下乗橋から望む天守のアングルが最も人気があり、橋のまわりには写真を撮る列が並んでいたものです。とくにこの時期は、観光が一番の目的で来弘される方が多いので、その記念写真としてはやはりこの場所が一番人気でした。

ただなんとなくですが、「曳屋」の影響とはべつに、ひと頃より撮る対象が変化している気がします。いやおそらく変わっているはず。あきらかに桜、桜の花そのものを撮っている人が増えました。

これはインターネットやSNSの影響が大きいと思っています。弘前公園といえば、「弘前城と桜」となるのですが、インターネットでは明らかに「お城」よりも「桜」のキーワードの方が需要があるようです。桜は日本全国、どこの県にもそれぞれ名所があり、多くの観光客で賑わいます。一見するとお城の方が、他と差別化できそうですが、同じキーワードで比べることのほうが目を引くのかも。

もちろんお城はいつでも見れるけど桜はせいぜい1週間ほど。なので全国の桜前線を追いかけながら、北へ北へと観光する方もいるのかもしれません。そして、「やっぱりどこどこの桜がいいね!」となるのでしょう。いまではご年配の方もインターネットでそういった情報をチェックする時代です。弘前の桜の情報は、おそらく全国一。たんなるバスツアーにおまかせするのではなく、自分の意思で自ら足を向ける方も増えています。

そしてやはりSNS。自分の撮った写真をすぐUPできる時代です。べつに上手い下手など関係ありません。ってか、スマホもちょっと前までのコンデジなんかより、はるかに写りがいいわけで、アプリとか使うともうプロが撮ったような写真にできます。それを遠くにいる家族や友達に見てもらえる、自分のいま楽しい状況を見てもらえる、というだけでも僕らの学生時代とはまるっきり別の世の中になっているかんじですね。

昨今のデジカメやスマホの進化ぶりはすごいものがあります。まず画質がいい。そして高感度撮影ができる。マクロ撮影もキレイ。もうそうなると皆さんやはり、お城もいいけど、「桜」となるわけです。とくに高感度撮影ができるという要素は大きい。つまり夜でもOKってことです。

〈 西濠 〉

そこで近年大ブレイクしているのが、桜のトンネルに面している「西濠」です。春陽橋から望む西濠は、ライトアップされた桜が左右の岸にずら~っと並んでいます。その様子は多くのサイトで紹介され、桜まつりを紹介する画像としては、ここ最近では最も多いと思います。
(上の写真は写真仲間の成田佑貴氏撮影。こんなスゴいの撮れません。このレベルになると、さすがにカメラもイイのじゃないと…)

一口に桜の写真といっても、ここまでの息を呑むような夜桜の光景は、弘前以外にはないかもしれませんね。この光景を写真に収めようと、春陽橋の上にはものすごい人数のカメラマンが立ち並びます。「橋、落ないかな?」と思うほど。最近はその様子をさらに後方から撮るのも流行ってるようです(笑)

〈 春陽橋 〉

(写真仲間の佐藤徳樹氏撮影。スゴい人ですが、これはまだ少ないほうかも。)

というかんじで、「弘前の桜」は多くのカメラマンに愛されているわけですが、じゃあ自分はどうかというと、やっぱり桜の写真撮りに行ってます。毎年のように。

なんかうまく言えないのですが、少々強迫観念みたいなものがあるんですよ。これもやはりSNSなんかの影響があると思うのですが、「行ってきたよ~弘前の桜!」とか「もう外濠満開です!」なんて投稿を見てると、「弘前人として、写真を愛する人間として、桜まつり行かなきゃダメなんじゃない?」って、思うことありません?

行かないと、その年の春は損をしたみたいな気持ちになるんじゃないかな…という不安。過ぎ去ってしまえばたいしたことはないのでしょうが、そういった強迫観念めいたものがある気がします。とくに写真が好きな人にとっては、桜を愛でるといよりは、桜の写真を撮ることのほうが最大の目的になっています(笑)(否定する人そんなにいないと思う)

今年は2回行きました。しかし今年のGWはほとんど休みがなかったので(ブラックではありません)、早上がりさせてもらった日の夕方、娘と2度行きました。自宅から歩ける距離ではありますが、着いたとたんに「疲れた」と娘が言い出すのは目に見えていましたので、車で行けるところまで。そこからテクテクと。

1回目は、市役所そばの追手門より入り、天守のほうには行かずに、ぐるっと露店がたくさんある方へ。トルネードポテトが食べたいというので並びます。20~30人ほど並んでる。すごい人気。私はラーメンが食べたかったが、隣の三忠食堂がまた10人以上並んでるのを見て諦め、ほかですませることに。

お腹を満たしたあとは、西濠をまわります。まだ1~3分咲でした。なので件の春陽橋もそんなには混んでない。結局、本丸には上らずにぐるっと一周して帰りました。たいして写真も撮ってません。

2回目は30日。今回は咲いたと思ったらすぐに満開になり、雨が降って強風が吹いて、あっというまに「花筏」ができました。満開見逃したからもういいか~とも思いましたが、FBなんかでみんなが投稿してる「花筏」を見てると、やっぱり見とこうかな..と思い、再び娘と公園へ。

もはや父ちゃんと二人で花見なんて、めんどくさい年頃。気持ちも解ります。友達とトルネードポテト食べながら、キャッキャしてるほうが楽しいに決まってます。来年は無理かな。

今回も追手門から入り、娘のご機嫌を取るためにまずは成田専蔵珈琲店のドーナツをば。今回は本丸をまわり、天守も拝みます。夕焼けと月がきれいな時間帯でした。30分も歩いていると娘の「疲れた~」が始まったので、再びご機嫌取りにブランコ乗り場に。そこで本格的に疲れたらしく帰ることに。今回も桜、ほとんど撮ってません。

満開直後の最古の桜を横目に、東門に向かいます。門を出て文化会館前に出ると、ここの外濠でも花筏を写真に収めようとたくさんの人がカメラを構えていました。

「なんでみんなしてそんな同じ写真撮りたがるんだよ~」なんて思いながら花筏にカメラを向ける自分。撮りながら思いました。

「なんでみんなおんなじような写真撮るんだろう?」
「あ、でも観光で来た人なら当然だよな。今度いつ来れるかわからないし..それはわかる」
「でも地元の写真好きな人も毎年のように毎回おんなじような写真撮ってる。なんで?」
「あ、おんなじようで毎回違うのかも。新しいレンズ買ったのかもしれないな」
「でも他の人とおんなじような構図で撮っててもおもしろくないんじゃない?」
「あ、おんなじように見えるのは撮ってる姿であって、ファインダー内はすごい画になってるのかも」
「あ、そういえば自分も写真始めた頃は、岩木山と桜とか、おきまりの場所で定番の構図で撮ってたな」

なんて考えながら自分もまわりの人と同じように「花筏」にカメラを向けている。

一応、自分にも自分なりの撮影スタイルがあります。気になった被写体やアングルがあれば、とりあえず撮ります。ある程度絞りとか露出はいじりますが、あまりISOやSS(シャッタースピード)は気にせず、パシャパシャ設定を少しかえながら撮ります。最近、老眼がひどく、モニター画面でもうまく確認できないので、適当に何枚か撮ります。

そんな調子なので、写真の先輩方が撮るような解像感バッチリ、長時間露光で花びらを流す、みたいなすごい写真ははなっから撮りません。ってか撮ってはみたいけど、撮る技術がありません。機材もナシ。夜桜には必須の三脚を持ってないし、長時間撮るためのフィルターも持ってない。もしかしたら、そういう写真を撮れない理由をつくってるのかもしれません…チキンですね。

でもこういう自分のスタイルで撮るとちょっとオモシロイ画とか撮れることがあって。実はそれが好きなんです。フィルムカメラに近い感覚ですが、あとで蓋を開けてみるまでわからないかんじ。(これは比喩で、フィルムカメラの蓋を安易に開けてはいけません)

人間の見る目、よりもカメラがどう見たか?が結構好きなのかもしれません。たぶん、そんなヘンテコな写真を撮ってる人はあまりいないと思うし、それをひとつの素材として少し自分なりに現像するのもまた楽しいのです。(僕らが言う現像とはLightroomなどを使って画像を調整することです。加工と言うと怒る人もいる)

まあ、それが自分のいまのところのスタイルになっています。写真を撮る人がいる分、同じ数だけ撮るスタイルもあるということですね。今回も数少ない枚数ながら、ちょこっとだけオモシロイの撮れたので少しだけご紹介。

よく何千枚撮ったとか、スゲ~数字聞きますが、私はせいぜい50枚程度です。だからオモシロイのはほんの数枚…あとは、残念なことにボケ、ブレ、ボケ、ブレ…の連発。

そして決めました。来年は三脚を買おう。

写真語録②
「写真になったとき、そのものがどう見えるかが見たいからだよ」

ウィリアム・エグルストンという写真家がいます。(LINK参照)
そのエグルストンが友人の写真家に「君はなぜ写真を撮っているのか?」と訊いたときの友人の言葉。
エグルストンは、「それを越える答えは無い」と感じたとのこと。
「写真を撮る」という行為に潜む、シンプルな思いを見事に言い表した言葉ですが、私自身も腑に落ちた言葉でした。


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