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2017-05-29

岩木山の写真 その弐


 

昨日は津軽森やメロスマラソンなど、イベント盛りだくさんの日曜日だったようです。運動会も多かったみたいですね。

なんかアクティブなイベントが多い中、陰に籠った記事を書いていると、なんか自分がスゲ〜根暗な人間に思えてきます。いや、インドアもまんざら嫌いではありません。

小さい頃から、絵を描いたりプラモデル作ったりが好きだったし。姫路城を作った時は気合いが入りました。石垣をひとつひとつ塗りました。

岐阜城も作りました。緑色のスポンジを細かくして、それを地道に貼り付けていって山の上にそびえるお城を作りました。他にも名古屋城や大阪城、江戸城まで(笑)

弘前城のプラモデルはなかったな。今ほど人気がなかったのかもしれません。今出したら売れるんじゃないかな?桜や岩木山のオプションも付けて。売れないか(笑)

そう、岩木山の話です。昨日、夕暮れの岩木山の写真が多いという話をしました。

本丸より望む

定番の構図。夕暮れどき、弘前公園の本丸から望む岩木山の写真も、しっかり撮ってました。ちょうど夕日が岩木山に沈む風景はとても画になりますから、撮っちゃいますよね〜写真。

昨日はドキュメンタリーな岩木山を撮ってみたい。と述べました。そのときそのときの津軽の情景を映すのであれば、草花とともに撮るのも効果的です。ただ、季節の花と一緒に撮るのって、けっこう難しいと思います。どうしてもありきたりな構図になってしまうんです。

桜、リンゴの花、菜の花、秋桜、紅葉。

百沢バイパスより
樹木より
鰺ヶ沢アビタニアより
アップルロードより

どれもありきたりですね。でも個人的には4枚目のアップロードからの写真が好きです。岩木山を撮った写真としては、あまりないかんじかな?と。

意外性のある写真は好きです。そこにドキュメンタリー性があればさらに良い。人物も一緒に写ってれば、リアリティは出ます。

でもそれが、リンゴもぎ作業をしているおばちゃんだったりすると、リアリティすぎてありきたり。意外性がありません。

ヒルクライムのときの「チャリダーと岩木山」とかはカッコイイと思うけど、一応出場する気持ちもあるので、たぶん撮れません。(インフル中で体力やら精神力で少々自信をなくしてるので出場を迷っています)

目屋の田植え

これはかなり前に撮った目屋での一枚。

なぜかモノクロで撮ったのですが、それも今見ると悪くはない。田植え作業と岩木山もありきたりと言えば、ありきたりですが…作業をしているご婦人方の格好がシンクロしていて、ちょっとオモシロイかな?と。

車力のメロン畑

木造方面から見ると、岩木山はこんなカタチ。

メロンハウスの形状とそこで作業しているおじさん、と三角岩木山。ちょびっとドキュメンタリーを感じました。

岩木山を大胆に大きく、あるいは思い切って小さく、構図に入れながら存在感を出すのも好きです。定番的にバランス良く入れるのではなく。

百沢より

どんと大胆に。

構図とかバランスとか、あまり絵葉書的にせずに、いろいろやってみると新しい発見もあったり。やはり、何でも試してみないと、歳をとった頭がますます凝り固まってしまいます。

そしてときには、小〜さく。

権現崎より

チャリで行くのは大変な権現崎。弘前に住む人間にとっては、ここからの岩木山を夕暮れ時に撮るのは、かなり難しい設定となります。何時間かけて行っても、結局岩木山が見えなかったりとか。そういう意味では、「偶然性」といいますか、ある意味「運」に任せた写真も好きです。

 

 

「偶然性」といえば1950年代後半から60年代にかけて「ハプニング」というジャンルの現代アートが注目されました。

代表的なのは「ジャクソン・ポロック」の「アクションペインティング」がありますが、いわゆる伝統的芸術や時間的秩序などを無視して、「偶然性」を尊重した演劇的芸術です。恩師の村上先生が新進の現代美術家として活躍され始めた頃の出来事です。先生はこの辺の話をよくしてくださいました。なのでファインダーを覗きながら、そんな「ハプニング」のある構図を探してしまうのかも。

「偶然性」を取り入れて、オモシロい画に仕上げたりするのは、ファインダーの中でキャンバスに向かっている感じがします。

八合目より山頂を望む

おそらく、「でーん!」と構えている岩木山でも、日々よ〜く見ているといろんな「ハプニング」があると思う。そういう岩木山を目の当たりにしたときは、迷わずにカメラを向けてみようと思います。


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