浅草とアート ③ / 『 Gallery 916 』と『 オン・サンデーズ 』
前回の出張では【ユージン・スミス写真展】を見ることができたが、もうひとつ観ておきたい写真展があった。
今年4月に閉廊となるらしい『Gallery 916』にて開催されている【上田義彦「Forest 印象と記憶 1989-2017」展】である。
そのギャラリーは浜松町駅から歩いても10分ほどの場所にあったが、東京駅に着くと、すでに13時を過ぎていたので昼飯を食べることにした。
なんとなくラーメンの気分でもなかったので、「浜松町 カツカレー」で検索してみると、美味しそうな洋食屋さんが数軒あるようだ。『洋食や シェ・ノブ』という、いかにも美味しそうな洋食屋さんの名前が目にとまる。
駅から歩いて5分くらいのところ。場所はレストランや蕎麦屋が多く立ち並ぶ通りのようで、至るところにサラリーマンの行列があった。
目指す洋食屋が混んでなければいいな、と思いつつ歩いていると小さな交差点の2階にその店のウィンドウが見えた。入り口に着くとどうやら細い階段を上るらしい。なんかそういうのって期待も高まりいい感じだ。
階段下にあるメニューを見ると、本日の特別ランチがまさに「カツカレー」とあった。
一気にテンションが上がるが、そのメニューの少し上に何か書いてあった。
一気にテンションが下がる。
まあ、これだけ行列がある通りならしょうがないかもしれない。私は、何となくギャラリーがある方角に向かって歩いた。
しばらく行くと、人通りの少ない一角に定食屋があった。ちらと中を覗くと二人ほどの客が見えた。店先のメニューに「カキフライ定食」があったので、それを食べることに決め中に入った。
正直、あまり期待していなかったのだが、目の前に出された定食を見て少し驚いた。決して小さくはないカキフライが6個。キャベツの千切りとホタテ稚貝の味噌汁。お漬物とご飯。それで880円だった。弘前でも十分いける価格帯だと思った。
カツカレーを食べられなかったことなど完全に忘れて、私は満足して店を出た。
山手線の高架下トンネルをくぐり抜け、「ゆりかもめ」の竹橋駅方面に向かう。ギャラリーは港区海岸にあり、場所柄大きな倉庫なども多い。『Gallery 916』も大きな倉庫らしき建物の6Fにあった。
写真展のことは「IMA ONLINE」という「写真やアート」を発信するサイトで知ったが、「ギャラリー」そのものについては知識がなかった。
倉庫のワンフロアを利用しているという印象からか、勝手に規模の小さいものをイメージしていた。
6階フロアに着くと、壁一面に大きくタイトルが描かれ、草花が一緒にディスプレイされていた。
受付を済ませ、会場の方に目をむけて驚いた。そこにはミニマルでモダン、そしてコンセプチュアルな素晴らしい空間が広がっていた。勝手に描いていた私のイメージは簡単に覆された。
コンクリート打ちっぱなしの広い空間は、白い壁とグレーの床のモノトーンを基調とし、ところどころにインダストリアルなスティールのキャビネットが置かれている。
中央には『ミース・ファン・デル・ローエ』のデザインで有名な「バルセロナチェア」が配置されている。
かつて、パリやミラノの展示会に度々訪れては憧れた、ギャラリーやスタジオの雰囲気に近い。自分でも店舗をデザインするときに、よくこういったギャラリーの内装などを参考にしたものだった。
そして、なによりもこのミニマルな空間に、「上田義彦」氏の森の緑の写真がミニマルに配置され、静かなエネルギーを放っていた。
以下、「IMA ONLINE」より紹介記事を抜粋させていただく。数点ではあるが、写真も掲載されているのでご覧いただきたい。
2012年2月のスタート以来、かつてない写真体験の場として歩んできたGallery 916が、ビルの取り壊しに伴い今年4月15日(日)をもって閉廊。今回、閉廊前の最後の展覧会として、上田義彦「Forest 印象と記憶 1989-2017」展が開催される。
本展では、生けるものの原初の摂理を現す森の姿を、約30年間撮り続けてきた1989年から2017年の最新作まで、約50点の作品を展示。
受付で聞いてみたら、作品をアップで撮るのでなければ、写真撮影はOKとのことだった。そのあたりもアカデミックな感じではなく、好感を持てる。
正直、プロの作品を撮るのは気が引ける。緊張感の漂う空間とともに、写真に収めてみた。
上田氏の印象的な言葉があった。
「僕は、所謂、美しい風景写真に興味はない。ネイチャーフォトと云われる写真もそうだ。僕が撮っているのは、「森」という、生きものたちの原初の摂理を現している、ある状態に惹かれているからだと思っている」
一日目の仕事を終え、地下鉄外苑前駅に向かって「青山キラー通り」を歩く。
かつて原宿が若者相手だったのに対し、もっと感度の高い大人を相手にしたショップが数多くあった。今では洋服をメインにするショップは多くはないが、モダンファニチャーやアンティークを扱うショップが点在し、高級店ばかりが並ぶ表参道よりも趣があるかもしれない。
しばらく行くと、コンテンポラリーアートを多く展示することで有名な『ワタリウム美術館』がある。その一階と地下にミュージアムショップとして知られる『on Sundays(オン・サンデーズ)』があり、マニアックなポストカードや芸術書が売られている。
この『オン・サンデーズ』は、『ワタリウム美術館』が開館する以前から、この地で営業をしているアートの草分け的存在のショップだ。30年以上前、まだ学生だった頃に訪れたことがある。それ以来、店の前を通ることはあっても入ることはなかった。
昼に写真展を観ていたことが刺激になっていたのだろうか、ふらと足を踏み入れた。
店内はアートに溢れていた。ポストカードやポスター、芸術書はもちろん。アーティストが描いたTシャツやへんてこりんな時計やトートバッグなど。決して整然とではなく、雑多に、そして魅力的に所狭しと置かれていた。
自分が若かった頃にタイムスリップした気分になった。
インターネットが発達した昨今、街の本屋は店を閉め、郊外の似たような大型の本屋ばかりになってしまった。代官山の「TSUTAYA」などは、オシャレな佇まいを見せているが、なんとなく「今の時代はこうでしょ」みたいな雰囲気を感じてしまうものだから、『オン・サンデーズ』みたいなお店を見ると妙に嬉しくなってしまうのだ。
地下に降りると、小さな個展が開かれていた。「齋藤陽道」という方の【土耳古の光】という写真展だった。
5坪ほどのスペースに10点ほどの写真が並んでいた。トルコで出会った人々の写真。
昼に見た『Gallery 916』の展示に比べると、おそらく百分の一の規模かもしれない、小さな写真展であったが…この『オン・サンデーズ』の雑多な空間に展示された作品たちは、とてもあたたかく私の気持ちの中にすうっと入ってきた。
久しぶりに訪れた『オン・サンデーズ』で何かちょっとした買い物でもしようかな…とも思っていたのだが、この小さな写真展のフライヤーだけをいただいて外に出た。
とてもありふれた稚拙な表現ではあるが、私はなにかしら「自分の基本に少しだけ帰れた」ような気がした。
「青山キラー通り」はすでに暗かった。そして寒かった。
しかし、私の身体はホカホカと暖かくなっていた。そして心のどこかでふつふつと何かが熱くなっていた。
極寒の津軽に帰った途端に冷え切ってしまわないといいのだが。
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