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2020-06-22

ツール・ド・ツガル / 十三湖


 

先週は夏泊半島、先々週は西海岸を走った。その前はロイヤルの激坂を上った。

北西南と走ったので、東はどうか。東といえば八甲田か十和田湖。でも春先に酸ヶ湯まで走ったしな。十和田湖ならば、今の時期よりは紅葉の頃の方が気分だ。

北は夏泊を走っていたが、龍飛方面には今シーズンまだ行けてない。ただ弘前から龍飛往復は200kmに達するし、十三湖往復でも100kmを超える。

100kmを走れないわけではないが、ここ最近は翌日に疲れが残ってしまって仕事に影響が出てしまう。年齢もあるかもしれないが、日頃の走り込みが足りないのは明らかだ。

 

逡巡し、久しぶりに温泉も満喫しようと車力まで車を飛ばした。

十三湖方面での温泉はあまり聞いたことがなかったが、旧車力村の中心部に「しゃりき温泉」というけっこう大きい温泉施設があるらしい。そこを起点とすることにした。

(車力からどこまで行こうか)

計画を立てずに来たはいいが、さすがに龍飛までは自信がなかったので、権現崎を目的地にした。

しかし、往路はかなりの向かい風。十三湖へ向かうまっすぐな道をひたすら走るが、思いのほかスピードが出ない。走ってわずか30分ほどで脚に疲労が出てくる始末。

(こりゃ、権現崎も厳しいかなあ…)

なんとも情けなかったが、とりあえず十三湖を目指す。

視界の右手には何本もの風力発電の風車が見えた。一昔前に比べると、随分と増えたように思う。

これが、環境にとって良いのか良くないのかは、わからない。国や県や電力会社との「しがらみ」もあるのかもしれない。

十三湖と風車

 

右手に湖が見え始めた。

「十三湖」は津軽の母なる川「岩木川」の最終の場所であり、水はそのまま日本海へと流れ行く。汽水湖としても知られ、「十三湖のしじみ貝」はあまりにも有名だ。

「しじみ貝や〜しじみ貝」の声は、誰もが小さい頃から耳にした「津軽の音」である。

十三湖大橋を渡る。

橋の一番高いところでロードを下りて日本海を眺めた。ここから見る海の光景は美しくもあるが、私自身にとっては怖い光景でもある。37年前、この河口を津波が襲った。

大学生だった私は、ボロアパートのベッドの中でその大きな揺れを体験した。その地震は、深浦や鰺ヶ沢など西海岸沿いに大きな津波をもたらした。

十三湖の河口にもその大きな波は押し寄せ、幾人かの釣り人を飲み込んだ。逃げ惑う釣り人や車を大きな波が飲み込む写真を、当時よく目にした。

だから、十三湖ツーリングでこの橋を渡るたびに、そのことを思い出す。

 

河口に広がる砂浜の先に「津波之塔」が小さく見える。私は権現崎に行くのをやめ、十三湖で時を過ごすことにした。

十三湖大橋を下りて、中の島まで走った後、再び橋の方へ戻ってきた。橋の側道を通るとトンネルがあり、その向こうに海が見える。

 

津波之塔

 

トンネルをくぐると舗装路は終わり、砂利道になった。私は走りにくい砂利道をゆっくりと走った。

やがて砂利道は砂道に変わり、ロードは動かなくなった。私はロードを引きながら「津波之塔」まで歩いた。

砂浜にはたくさんのゴミが散乱していた。かの国からの漂流物もあるだろう。地元の人は、この浜を観光資源とは考えていないのかもしれない。

しかし、十三湖自体は立派な観光地だから、この浜ももう少しキレイだったらいいのにと思う。自治体は五所川原市だが、こんな遠く離れた浜辺まではなかなか行き届かないのだろうか。

そもそも、昔からの津軽人にとっては、十三が五所川原市というのもピンとこない。間に中泊を挟んで飛び地のようになっているし。

中泊も五所川原も、そして外ケ浜も、市町村合併したせいで津軽半島の市町村がわかりにくくなった。これも「しがらみ」の結果なのか。よくわからない。

 

三角錐の津軽富士

 

ただ、十三湖河口から見る岩木山のカタチは、五所川原からのそれと同じだった。

日本海があって灯台があって、そのはるか向こうに岩木山が見える。弘前に住んでいると、それは不思議な風景だった。

そして反対側を振り向くと、稜線のくっきりとした権現崎が、これも日本海の上に見える。

 

権現崎

 

河口の防波堤がそのまま海の方に続き、さらにその先は石畳のようになり、細長く続いていた。そしてその先端に、赤い灯台と対をなすようにして、白い灯台が立っている。

私は、防波堤ギリギリのところまでロードを引いていき、置いた。すぐそばで、釣り人が一人、糸を垂らしていた。

 

そこから白い灯台へと続く細長い石畳は、ときおり波をかぶり濡れている。

白い灯台の近くで、一人の老人が漁をしていた。いや、漁というよりは、岩場を覗き込みながら何かを採っているようだった。

久しぶりにウェストバッグの中に入れてきたX100Fを取り出して、私はファインダーの中に老人を探した。距離が遠い。

私は波で濡れた石畳を歩き、白い灯台の方へ歩き出した。

 

石畳は緑の海藻に覆われている。滑らぬよう、私は慎重に歩いた。右からも左からも波がやってくる。

私は再びファインダーを覗き込み、「灯台と老人」を撮った。

その時。 ザバーーーン!

と、大きな波が石畳の上を覆ってきて、足元がずぶ濡れになった。

私はふと、巨大な波に襲われたような恐ろしい感覚を覚えた。そのまま海中に引きずり込まれそうな眩暈を覚えた。

 

石畳の先の灯台

 

その夜、撮った写真を見ると、

美しく穏やかな海と老人の姿があり、そして、自分の中にある自然に対する畏怖の思いが、そこにあった。

 

久しぶりに自分らしい写真を撮れたような気がした。

 

 


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