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2021-08-21

旅立ち


 

8月20日は、四十九日。

人は亡くなってから、七七日、いわゆる四十九日を迎えるまでは、まだ私たちの近くにいるらしい。

 

ちょうどお盆の送り火を焚く日であった。

隣にある妻の実家の前で、火を焚いた。

少しぬるい風が吹く中で、炎がゆらゆらと流れている。

炎の向こうに、しゃがみこんで、じっと炎を見つめる娘の瞳があった。

妻の面影を見たような気がした。

 

妻の写真の周りには、お酒がたくさん置かれている。

中でもウイスキーが多い。

どうやら、友人たちの彼女に対するイメージは共通のものだったらしい。

 

ボルドーのワインを1本選んだ。

チェコ製の陶器のグラスにワインを注ぐ。

いつだったかのフォトコンテストで入賞したときにいただいたものだ。

彼女は、よくこのグラスでウィスキーを飲んでいた。

 

写真を一枚、テーブルの上に置いてワインを飲んだ。

2010年に、娘と3人で十和田現代美術館に行ったときの写真。

芸術や音楽が好きだったけれど、批評はいつも辛口だった。

私の撮った写真にも、演奏した音楽にも辛口だった。

辛口すぎて喧嘩になることも、しょっちゅうだった。

 

でも、そんな辛口を言ってくれる人は、もういない。

 

 

四十九日を終え、無事に旅立っただろうか。

ほろ酔い気分で、旅立っただろうか。

 

あの日以来、カメラも触っていないし、歌も歌っていない。

そういえば、ロードバイクにも乗っていなかった。

 

かつてと同じ日常に戻ることはない。

しかし、同じ日常が永遠に続くことは、ありえないのだ。

 

明日からは、新しい日常が始まる。

朝、目が覚めたら、カメラをウェストバッグに入れて、ロードバイクで走ってみようか。

歌を歌いながら、走ってみようか。

 

「あいかわらず、ヘタだね」

どっからか、辛口の声が聞こえてくるだろう。

 

 


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