【 大巻伸嗣 地平線のゆくえ 】 〜弘前れんが倉庫美術館〜
弘前れんが倉庫美術館前の公園を歩く。
弘南鉄道が走る方まで歩くと数本の桜の木があって、まだ祭り前だというのにちらほらと花は散り始めていた。
そういえば、娘とよくこの公園を歩いたな。
美術館の真向かいにある保育園に通っていたので、迎えのついでに「わんこ」の周りを歩いたものだった。
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「本間さん、どなたか歌ってくれる人を紹介していただけませんか?」
「弘前れんが倉庫美術館」の小杉さんから電話があったのは、昨年暮れのクリスマスイブだった。小杉さんは、亡くなった妻とは以前の職場での同僚だった。現在はれんが倉庫美術館の運営を統括されている。
4月から新たな展覧会が始まるらしいのだが、その展覧会において「作品とともに流れる音を制作したいので、歌える男女数名を紹介して欲しい」という電話だった。
知人が多く在籍する混声合唱団はあったが、音源を録音する日がちょうどその団体の定期演奏会だった。
困った私は、つい「自分が歌っているアンサンブルなら紹介できるかもしれないけど…」という返事をしてしまった。
すると、あれよあれよと話は進み…キュレーターの方、作曲をされる方に我々の音源を聴いていただくと、「是非!」ということになり…
そして、まだ雪深い1月中旬、録音はおこなわれた。
「大巻伸嗣」氏は日本を代表する現代アーティストであり、日本国内はもちろん、海外でも活躍されている。( ⇨ 大巻伸嗣ホームページ )
今回の「弘前れんが倉庫美術館」における大巻氏の個展は、東北地方初の開催となるらしい。
弘前れんが倉庫美術館では、2023年度春夏プログラムとして、東北地方初となる大巻伸嗣の個展を開催します。大巻は、空間全体をダイナミックに変容させ、観る人を異世界に誘うような幻想的なインスタレーション作品やパブリックアートを数多く手がけています。またアジアやヨーロッパなど世界各地でその土地の風土や記憶を反映させた作品を発表しています。展覧会に先駆けて、大巻は青森県内各地の風物や自然、信仰の形などを取材し、人々の声に耳を傾けるなかで、人や自然、物質世界や精神世界の生と死が円環を成すような死生観というテーマにたどり着きました。本展では、近年の代表作の一つである「Liminal Air Space-Time」のシリーズをはじめとする新作インスタレーションを中心に紹介します。同シリーズでは、一枚の薄い布が大きく波打つように有機的に動き、人々のなかに眠っている身体感覚を呼び覚まします。私たちが普段感じることができない時間や空間の境界の揺らぎや目に見えない重力について体感することで、世界の存在そのもの、生と死、崩壊と創造などの根源的な問いに静かに向き合う時空間が生まれます。弘前の土地と人々の記憶が堆積し、展示空間へと生まれ変わった美術館に大巻の紡ぐ再生と創造の物語が重なり、新たな風景が広がることでしょう。
〜弘前レンガ倉庫美術館 ホームページより抜粋〜
文中に「一枚の薄い布が大きく波打つように…」とあるが、その「波打つ大きな布の作品」の背景にながれる音。その音を制作するのために「声」という素材が欲しいというリクエストだった。
大げさに言えば、作品の一つでもある「音」に我々の「声」が使われる。果たして大丈夫なのだろうか。
「voce Apio」という名で、8名のメンバーが参加。男女はちょうど4名ずつで、2日間にわたって録音がおこなわれた。
美術館内にあるわずか4畳半ほどのスタジオに、大巻さんご本人、作曲家、録音担当、そして我々と、数人がぎゅうぎゅう詰めになった。
事前に手渡されていた楽譜には音符はなかった。象形文字のようなものが踊っていた。
その不思議な象形文字を自分たちのイメージのままに声を発した。
大地や海に向かい畏れを表すかのように、私はひたすら低い声を発し続けた。
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散り始めた桜の木を通り、私は美術館の中に入った。
受付で名を告げ、中に入ると既に座席が用意されていて、前から2番目の列席に私の名前は貼られていた。
「本間さん!」
と声をかけられる。見ると席のすぐ横に瓜田さんと鎌田さんのお顔があった。
瓜田さんとは以前の仕事でお付き合いあがあり、彼女は妻の良き友達でもあった。
鎌田さんは歌の大先輩でもあり、かつて私が参加した「村上善男とその弟子達展」において大変お世話になった先生でもある。
今回、お二人も我々同様に歌う人として参加されたのだとか。嬉しい再会だった。
この日(14日)の催しは、翌日15日から開催される個展の内覧会として開催され、私も招待をいただいた。
キュレーターの難波さんによる今回の個展のお話があり、そのあと大巻さんご本人からの挨拶があった。
いよいよ、会場の中へ。
暗い。ほとんど何も見えない。
その暗闇から光が現れる。
巨大な一枚の薄い布が空間を波打っている。
そして、その空間に不思議な音が漂っている。
幾重にも重なった美しい不協和音が、作品のひとつになり漂っている。これが自分たちの声なのだろうか。
暗闇の中で波打ちながら空間を漂う大きな布を、私はしばらくの間、ボォ〜と眺めていた。
津軽の海を思わせる、美しい音を聴きながら。
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弘前れんが倉庫美術館 個展【 大巻伸嗣 ー地平線のゆくえ 】は、2023年4月15日〜10月9日まで開催されます。
ちょうど、弘前の桜、真夏のねぷた、岩木山の紅葉と、津軽の季節を楽しむことのできる会期となっています。是非、ご覧ください。
詳しくは「弘前れんが倉庫美術館」のHPをご参照ください。
弘前に行きたい理由がもう一つ増えました。