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2017-06-09

チャレンジヒルクライム岩木山 2017 / CHALLENGE HILLCLIMB Mt.IWAKI


 

今年も6月の最終日曜日、「チャレンジヒルクライム岩木山」が開催されます。

今回もエントリーしました。初めて参戦したのは、4年前。50歳の大台にのった年です。49歳から始めたロードバイク。たまたまFacebookで繋がった友達との飲み会。そのときの友達が私以外全員チャリダーでした。

「本間さんも、乗ってみろよ」と、T先輩がおさがりを持ってきてくれました。正直、自分でも乗らないだろうな…と思っていたのですが。試しに近所を散歩してみよう、と跨ってみたはいいが、全く乗れません。あまりの乗れなさに、自分でもビックリしたことを憶えています。

朝練の岩木山 残雪の春岩木

スポーツはどちらかといえば得意な方でした。野球、バスケットなど、球モノは得意でした。ただ、マラソンや鉄棒などは苦手。小さい頃から、100m走は得意だったけど、1500mやマラソンは大の苦手でした。

自転車もどちらかといえば、持久力を求められる気がしましたので、ちょっと苦手かなあという思いはあったのですが、のんびり走れば楽しいかも?と、岩木山神社までチャレンジしてみました。

ところがどっこい。岩木山神社までのバイパスの坂道。これがのんびり走れないのです。ヒィヒィいいながら、なんとか神社に到着。もうかなりキツイ。お股も痛い。

それなのになんだろう…この湧き上がる達成感は。

残雪のヤギが見えます

その日を境に、50歳を目前にして、ロードバイクに目覚めたオッサンがいました。

目覚めたとはいえ、社会人になってからはたいした運動もせず、動くといえばマイクを握りしめ歌い回るくらい。たまに朝野球をやっても「阪神・掛布」の形態模写でライトに球を飛ばすくらい。お酒とラーメンが好きな、グータラ人間でしたから、そう簡単に走れるわけではありません。

脚よりも心肺がダメでした。坂になるとすぐ切れます。それでも神社までの路を週に1~2回ほど走りました。

緑が美しい季節

私は小さい頃から地図を見るのが大好きでした。今でもよく見ます。地図をチェックしながら、走るルートを検索する「ルートラボ」というのがあります。自分が自転車で走れそうな路を調べるのが楽しく、おかげで弘前周辺の道路も随分詳しくなったと思う。ロードバイクを乗り始めてからしばらくして、ルートラボを見ていたとき、生まれ故郷の鯵ケ沢まで走ってみたい衝動にかられました。

岩木山を越え長平を経由し、親父が生まれた小の畑を通り、やがて生まれ育った鯵ケ沢の海を眼にしたときは本当に感激し、そして帰路、お袋の生まれ故郷の木造館岡方面を経由しての計100kmを走りきった時の感動は今でも忘れられません。

自分のルーツを辿ったツーリング

そうして1年が経過し、50歳になった年の6月、「チャレンジヒルクライム岩木山」に初めて出場したのです。その頃は、娘もまだ保育園でしたので、毎日のように朝練をしていました。体重も8kgほど落ちました。

自転車で坂を走り上るというのは、重い自分の身体も引き上げるということになりますので、やはり身体が軽いほうがいいのです。もちろん乗るマシンも軽いほうがいいのですが、ロードバイクの世界は数グラム軽くするのに何万円!という世界らしく。自分の洋服オタクに比べたら、そのオタク度は半端ないのが自転車の世界のようです。

雪が完全に消えた晩夏の岩木山

いわゆるレースというものは初めての経験です。「チャレンジヒルクライム岩木山」を簡単に説明すると…津軽富士とも呼ばれる津軽人の心のふるさと「岩木山」 その岩木山を上るための「岩木山スカイライン」が獄の裾野から8合目まで続いています。

スカイラインの空撮

延々と続くカーブの数は69。その69のカーブの坂を上りきるレースです。15kmコースは総合運動公園から、ビギナーの10kmコースは嶽温泉からスタート。

 

 

私は10kmのコースにチャレンジしました。チャリの先輩達がみな「絶倫魂」というジャージを着ていましたので、私も末席ながら着させてもらいました。ロードの世界に誘ってくれたT先輩。いつも激坂をクルクル颯爽と駆け上がるY先輩。いつもダンディなMアニキ。ナイスガイなMTBライダーAヤッチ。そしてヒルクラ実行委員長のKSK氏。みんなスゴイ人ばかり。たぶんそのとき15人ほどの「絶倫チーム」がいたと思うのですが、「絶倫」じゃないのは、私だけだったと思います。

続々と会場に集まってくる選手を見ると、みんなお揃いのジャージを着て、見るからに速そうです。タケウチサイクルさんの「Gaudente Ciclista」とかいうチームの面々はいかにも速そう。もうみなさん体型が違います。

でもそんないかにも強者みたいな人ばかりじゃなく、Tシャツにショーツスタイルの人もいれば、私よりはるかに太った人とかもいて、思ってたよりもラフな雰囲気があり、それもまたこの大会の良さなのかもしれません。

田んぼが黄色になりました

スタートラインに立つと、15kmの選手たちが目の前を颯爽と駆け抜けていきます。カッコイイ。15kmのエキスパートが走り去ったあとは、僕らビギナー10kmのスタートです。

号砲が鳴る瞬間。あー子供の頃の運動会以来の緊張感。「パァーン!」選手がひと塊になって波のように流れていく。自分も接触して転ばぬよう、ドキドキしながら必死に漕ぎます。スカイラインのゲートが見えてくる。

MEGU CHAMP

そこからはいよいよ一切下ることのない坂路が延々と続きます。とにかく、脚と心臓と、そして気持ちが切れないように、黙々と淡々と漕ぎ続ける。料金所までがなにげにキツイ坂です。ここで踏ん張り過ぎないように、とにかく我慢。

料金所を過ぎると、くねくね九十九折の坂が続く。何番目のカーブなのかを示す小さな標識が目に入る。30カーブあたりまでは、けっこう木々に覆われて、あまり外界の様子はわからない。40カーブあたりまでくると、木の高さも低くなり、次第に周りの景色も見えてきます。

天気がいいと最高の景色。ただ残念ながらその景色を楽しむ余裕はありません。追い抜かれたり、たまに追い抜いたりしながら、淡々と上ります。自分がどのくらいの位置にいるかなど、まったくわかりません。

60カーブあたりにくると応援の声が聞こえてきた。これがまたグッときます。あと2カーブまでくると、リフトが見えてきました。

69カーブ

あと少し。「パパー!ガンバレー!」娘の声援が聞こえる。最後の方は目が潤んでゴールがよく見えませんでした。

こうして、私の初めてのチャレンジヒルクライムは終わりました。結果は10km参加者、およそ200名のうち、ちょうど真ん中の100位くらいでした。タイムも念願の1時間切りの59分。初めてのトライアルにしては上出来すぎる内容です。

チャリの先輩たちに祝福していただきました。

絶倫の先輩たちと

八合目でいただくバナナの味は格別でした。競技が終了すると、自転車でこの登ってきた69のカーブを下り降ります。そのときの気分はもう最高。

そして表彰式の会場では美味しいカレーが振舞われます。キュウリもついて、これもまた最高。

弘前だけでなく、青森方面や大館方面から参加した選手の皆さんと交流がまた楽しい。タイムの速い遅いは関係なく、共に走りきった思いが会場でひとつになっています。う~ん、これはやはり一度出たら、また走りたくなるだろうな~と思いました。

ゴール八合目の朝焼け

そんな初めて出たレースから、毎年エントリーしています。2年目は土砂降りの悪天候。タイムもわずかに落としました。3年目は悪天候&超低温(八合目3°Cくらいだったか)のため、中止。4年目もけっこうな雨。タイムはボロボロ….

走り始めた直後は伸びしろが大きいので、年々タイムは縮まるのが普通ですが、私の場合は初めの1〜2年が一番練習したので、その後のタイムは落ちる一方。恥ずかしい限りですが、年齢を考えるととにかく続けることがまず課題です。

そして2017年の今年。昨秋からローラーもすることなく、身体はなまりきり、体重も増加。しかも年始の初売り、立ちっぱなしで腰を痛めてしまい、いまだ完治せず。さらに5月には季節はずれのインフルエンザ罹患。まったく走れてないまま、ヒルクラの締切が近づいてしまいました。

晩秋の岩木山

じつはインフルに罹る前に、A〇△さん(仮名)に「ヒルクラ出ようよ!」と打診していたのですが、A〇△さん(仮名)からは「無理無理」との返事。そのうち自分がインフルに罹り、今年はもうヒルクラあきらめよう…と思っていた矢先、AB△さん(仮名)から、「やっぱり出ようよ!」と返事が。なんでもAB△さん(仮名)の息子さんに「何もしないで後悔するより、やれることをやって後悔したほうがマシ」と言われたとのこと。

「そっかあ~そうだよな。タイムとか気にせずに、まずは出ようか」と自分も思い直す。

 

 

実際、レースに出るとはいえ、誰かと競うわけではない。もちろんレベルの高い方々は、たくさんのライバル同士競い合うのでしょうが、そもそも練習を全然していない自分のタイムなど、他の誰も気にしていないのである。自分だけが、「せめて昨年の自分には負けたくない」と思っている程度。

「だったら出よう!」と思い、ABOさん(仮名)にも出ることを伝え、お互い完登攀できたら乾杯しようと誓ったのでした。ありがとう!阿保さん(仮名)!あ、実名になってる(笑)

本番まであと2週間。練習しなきゃ。


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コメント6件

  • アバター モリ より:

    あと2週間だと、できるのは、
    1週間適度に走って、1回どこかの山を登る。
    残りの1週間は負荷をかけずにチンタラ乗って、自転車の感覚を忘れない様にしながら身体を休める
    くらいです。
    あまり急激に負荷をかけて腰を痛めない様ホドホドに。

  • アバター Takashi Maeda より:

    監督の人生を読んでるようで目頭が熱くなってしまいました。+A⚪️▽がAB▽になりABO〜阿保への変換が何とも監督らしい!完漕ぎ目指して楽しみませう!

  • ferokie ferokie より:

    日々、アニキの叱咤激励があって続けられました!ありがとうございます。本番楽しみます!^^

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