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2017-10-10

ちいさな「同窓会」


 

前回のブログ【  同窓会 「ツッパリ」VS「オシャレ」 】に書いたが、先週の土曜日、ちいさな「同窓会」に出席してきた。

場所は、元ハイローザのあったスクランブル交差点にある、「ふく茶庵」というお店。

しかし、元ハイローザという言い方も歳を感じる。

僕らが若い頃、年配の方々が「昔の『かくは』の交差点」と言ってたのを、年寄りくさく感じてたのと同じだ。

今はみんな何と言ってるのだろう。

お店に入ると、すぐ奥の座敷に案内された。

入るとすぐ真正面に、高校のときの担任だったK先生が座っておられた。

実に、36、いや37年ぶりだろうか。

もう75歳になられていたが、随分と元気そうであった。

勝手にもっと老人なお姿をイメージしていたが、担任だった頃のイメージとそんなに違いはなかった。

同窓生二人が、先に来ていた。

今回の同窓会を発案してくれた、A銀行にお勤めのS戸くん。

S戸くんは、まったく変わっていなかった。

30数年前と変わらず、快活であった。

そしてS戸くんと同じ鶴田出身のK西くん。

若干、頭髪はキていたが、彼も全然変わっていない。

今は、大手イ〇ンにお勤めだ。

数分とおかずに、最後の二人が到着した。

自営で薬局を経営されているHくん。

中学校の教師をされているI本くん。

二人とも板柳の出身で、今も板柳に住んでいる。

先生と生徒5人が揃ったので、乾杯!

ちいさな「同窓会」が始まった。

 

先生を囲んで

歓談しはじめて、わかったのだが、なんと先生はHくんのことしか覚えていないのだそうだ。

まあ、でもそんなものかもしれない。

当時の五所川原高校は、進路や文系・理系も決まっていないうちから、能力別学習クラスに分けられ授業を受けていた。

だから、朝のホームルームで担任の生徒やクラスメイトと顔を合わせたあと、授業が始まると各クラスにちりじりになり、帰りのホームルームで再び顔を合わせるというかんじだった。

だから、よほど印象のある生徒じゃないと、卒業してしまえば、担任も生徒ひとりひとりを覚えていないかもしれない。

Hくんは、先生と年賀状のやりとりをしていたらしい。

さすが、マメなHくんだ。

ちなみに、この能力別学習クラス、最初は、上(A,B)=2クラス、中(C,D)=2クラス、下(E,F,G)=3クラスに分けられ、私は下のEクラスだった。

鰺ヶ沢一中時代、上位5番目くらいには入っていた自分が、下=Eクラスとは?と思っていたが。

最初に行われた校内実力テスト。

私は約300人中、270番くらいであった…

どうみてもチャラチャラしている、五所川原の街中のちょっと不良めいたヤツが、みんな上位にいた。

都会(笑)って、恐ろしいと思った。

お酒がすすむと、みんな口も軽やかになった。

30年以上、会っていなかったことなど、まったく感じなかった。

私のK先生に対する印象は「適当な」先生だった。

良くも悪くも「適当」

授業では「日本史」を教えていらしたが、授業以外でそんなに話をする機会もなく。

ホームルームもさらっと終わる感じ。

他のみんなの印象も似たようなかんじだったらしい。

当時は、酒・タバコをはじめ、不良なアイテムを持ち、ちょっと陰でスパスパするなんてことは、日常だったが。

K先生は見て見ぬふりしてたのか、関心がなかったのか…あまり生徒に干渉することがなかった。

実際、先生自身が昼休み中などに、ひょいと外に出て、どっかの喫茶で一服してきてたような…(これは勝手な自分の記憶だが)そんなかんじの先生であった。

今回、飲みながらそんな昔の話もしてみたが、先生は特別否定することもなく、ケラケラ笑っていた。

「適当」なイメージは昔のままだった。

隣に座った中学校の教師のI本くん.

すっかり頭が白くなっていたが、I本くんは高校時代の私の憧れの人でもあった。

彼は「シティボーイ」だった。

ボートハウスのトレーナーを着て、正ちゃん帽をかぶり、文化祭でギターを弾いて「ディープ・パープル」を歌っていた。

そして成績も良かった。

彼の、雰囲気とか考え方が、なんとなく東京的に見えて、憧れたのだった。

おそらく彼の存在があって、私も洋服に興味を持つようになったと思う。

そして未だに、洋服屋をやっているのだから、縁とは不思議なものである。

先生はかなりお酒が好きらしく、けっこう呑んでいた。

みんなも、かなり呑んだようだ。

今回は、数十年ぶりということで、そんなにヘビーな話をしなくても話題が尽きることはなく。

「あいつはどうしてる?」

「あのカワイかった子はいま何処に?」

なんて話で何時間も経ってしまったようだ。

先生の希望で「近いうちに麻雀大会をやろう」という約束をして、一次会はおひらきとなった。

先生とS戸くんが、共に大鰐に住んでいるので、一緒に帰るということになった。

K先生、お元気で。いつか麻雀やりましょう。

さて、残った4人。

私の案内で、いつもの「かだれ横丁」へ。

そしていつものパノーマル前のテーブルが運良く空いていたので、そこで二次会をすることに。

もうお腹もふくれているので、もうちびちび飲むだけである。

イ〇ンのK西くんも、昔と変わらず饒舌だ。

なんかいろんなことを知ってる。

薬局経営のHくんは、話しぶりからもやはりマメで優しい性格が伝わってくる。

人間って、そんなに変わらないもんだな。

だからこうして、何十年ぶりかに会っても楽しく呑めるのかもしれない。

 

みんな最高!

「かだれ」でもけっこう飲んで、みんなベロベロになったので帰ることにした。

板柳からHくんの奥様が迎えにきてくれるそうで、土手町のほうに車を停めているらしい。

私たちは外に出た。

実は、Hくんだけは、数年前に再会していた。

驚いたことに、彼は地元板柳の男声合唱団で歌を歌っていたのだ。

数年前に青森県男声合唱フェスティバルに参加したときに、彼と再会したのだった。

Hくんと肩を組んで、「いざ立て戦人よ」という男声合唱を歌った。

彼はバリトンだった。私はベースだったが、二人とも下のパートだとおもしろくないので、私はトップテノールを歌った。

中三の前にHくんの奥様の車が待っていた。

男4人がぎゅうぎゅうになって乗り込んだ。

そして、再び歌を歌った。

「五所川原高校」の校歌。

何十年経っても、いくら酔っ払っていても、ちゃんと2部合唱で歌えた。

たいしたものだ。

車を降りて、別れを惜しみながら、私は大きく手を振った。

かなり久しぶりにフラフラしながら自宅へと歩いた。

ちいさな「同窓会」もいいものだ。

たまに、こうして久しぶりの友達に会って、今の自分を再確認できるのかもしれない。

と、思った。

 


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