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2017-12-13

「雪かき」 ~ ツガルノフユニモマケズ ~


窓の外も暗い、朝5時。

遠くに「ゴゴゴ…」と唸る音が聞こえ、その振動を微かに感じる。

目覚ましが鳴る前に、身体が勝手に反応して目が覚める。

トイレに起きるついでに、雪の積もり塩梅を確認する。7~8cmくらいだろうか。一応、やっといたほうがいいかな。

再び、布団に潜り込むがなんとなく眠れずに、それでも目覚ましが鳴るまではウトウトと。

津軽は雪が多い。

特に弘前は多い方だ。一昔前は青森市が多いイメージがあったが、ここ数年では弘前の方が多い年もある。

もちろん、ドカ雪の年もあれば、少雪の年もあり。それに一喜一憂するのが津軽の冬だ。

自分が小さい頃の冬はどうだっただろうと、遥か昔の記憶を辿ってみる。

生まれ育ったのは、西海岸の鰺ヶ沢。海風があるからか、積雪は弘前に比べると例年少ないようだ。

それでも、幼い頃の記憶には、庭に1メートル以上も積もった雪ヤブに、小屋の屋根から飛び降りたりして遊んだものだ。

それはおそらく、ドカ雪だった年の出来事なのかもしれない。雪の少なかった年のことなど、いちいち憶えているわけもない。

ドカ雪の年は、やはり屋根に上って雪下ろしなどをするのは当たり前だったし、それは昔も今も変わらない。

ただ、なんとなくの記憶ではあるのだが、昔って今ほど雪かきに神経質ではなかったような気がするのだ。

現在は、市や町の除雪に対する準備も年間の計画にしっかり入っているであろうし、それをビジネスにしている業者もいる。

道路や流雪溝も格段に整備されるようになった。それに伴い、交通や通学する子供たちの安全に対する意識も、地域に住む人にとってはより高いものとなり、メディアやSNSでも、雪に関する話題は欠かせないものとなった。

暮らす環境がより良くなればなるほど、除雪も排雪も、そして個人の住宅や店舗の周りもしっかりと雪かきをしなければならないのである。

自分が小、中学生の頃の真冬の道は、雪ヤブにできた細長く続く足跡が通学路であった。

たまに除雪が入ると、道路脇に2メートルほどの山ができていて、わざとその上を歩きながら自宅に帰ったものだ。

これはおそらく、どの津軽の地域でも似たようなものだったのではないか。

子供の思い描く大雪のイメージと大人の描くそれとは、全く違うものがあるので、何とも言えないけれど、昔っておおらかだったなあと思う。

いや、除雪のされていなかった昔の方が良かったとは、全然思っていないし、日々除排雪に苦労されている方々には頭の下がる思いだ。

そんな昨今の津軽の冬に感化され、自分の身体も除雪車の音で目が覚めるようになってしまった。

でも今日は、7~8cmだったから、運動不足解消くらいの前向きな気持ちで雪かきできるけれど、一晩で30cmとかはやめてほしいなあ~

除雪機も一般家庭でも備えることは多くなったけど、やはり出番は少ないほうがありがたい。今年は今のところ出番はなし。でもそろそろ準備をしておこう。

今朝は30分ほど雪かきしてから、娘を学校に送り出し、少しだけ二度寝。

でも身体が妙にシャキっとして眠れないのである。

「ミャ~」という声が聞こえ、猫が布団にもぐりこんできた。

ここ数ヶ月、二度寝をしていると、飼い猫の「タンポポ」が布団にもぐりこんできて、くるっと丸くなる。

なんとなく湯たんぽのようにして抱きかかえて、少しだけ寝よう…

と思ったけど、お店の雪かきもしなきゃいけないのを思い出した。

津軽の冬はそんなに甘くないのだ。


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