ツール・ド・ツガル / 八甲田山一周 高原茶屋のカレーライス
前回のブログ「ツール・ド・ツガル / 八甲田山一周 谷地温泉〜銅像茶屋まで」より続く。
「天は我々を見放した」
そんな北大路欣也の言葉を思い出した。そういえば、初めて八甲田山一周をしたときのことだ。ロングライドに燃えていた私は、弘前の自宅から八甲田山一周を目指した。
そのときも、ここ「銅像茶屋」の『豚丼』を目指して必死に走っていた。そしてそのときも、私の目の前に現れたのはシャッターの降りた「銅像茶屋」だった。すでにかなりの距離を走っていた私は心身ともにダメージを受け、そのままハンガーノック状態になった。
弘前に着いた頃は、両足が攣りまくりまともに歩くことさえできなかった。あのときの恐怖が頭を過ぎる。まさにデジャブ。
前回のときは、確か時期が悪かったと記憶している。しかし今回は、ゴールデンウェークも過ぎた新緑の時期。茶屋が開いていないはずはなかった。
駐車場には一台の車もなく、オートバイのライダーが一人、ポツンと佇んでいた。私は入り口に近寄ってみたが、休業らしき張り紙はない。ボトルホルダーに携帯していたスポーツドリンクを飲みながら、5分ほど脚を休めた。
予想外の展開ではあったが、私はすぐに気を取り戻した。なぜならば、数キロ先にエネルギーを補給できる食事処があることを知っていたからだ。(→ ツール・ド・ツガル 八甲田山一周 / 「箒場のラーメン」はスリリング)
数キロ先にある箒場には、確か食事処が3軒並んでいたはずだ。この時期、さすがに3軒とも閉まっていることはないだろう。箒場までは5〜6kmの距離だ。幸い上りはそんなにない。
私は再びロードを走らせ、そして再び意気揚々と歌い始めた。
道の両脇を覆っていた林の風景から一変、高原の風景が目の前に広がり始めた。田代平高原だ。そして、道の向こうに3軒のレストハウスが見えた。のぼりが立っている。3軒とも営業しているようだ。
一番手前の「レストハウス箒場」は、昨秋にラーメンを食べた店だ。カメムシに囲まれて食べたのは、強烈に記憶に残っている。軒先にロードを停めた。
さすがにまだカメムシは出没していないだろうと思い、店の壁を見ると何やら小さな虫が数匹いる。よく見ると、なんと小さなカメムシだった。もうこんな時期から動き回っているらしい。
またカメムシ君と一緒にラーメンを食べるのも芸がない。せっかくだから他の店も見てみようか。ひときわ大きい隣のお店を入り口から覗いてみる。食堂はもちろんあるが、お土産売り場も充実しているようだ。
なんとなく、ラーメンよりカレーの気分だった。店の奥にメニューが見える。カレーライスの文字があった。800円!けっこう高い。観光地値段か?一応、隣の店も見てみよう。
一番奥にあった店は「高原茶屋」という、よくありそうな名前だった。「銅像茶屋」がダメだったから「高原茶屋」もいいかもしれない。そんなよくわからない理由を考えながら、店の中を覗いてみる。
「カレーライス650円」が見えた。私は迷わず、ここで昼飯を食うことにした。
店に入ろうとしたら、ちょうど数人の客が出てきた。80歳は超えていると思われる御婦人が、私のロードバイクを見て言った。
「これ、自転車だが?」「そうですよ」「変わったカタヂだの。エンジンついてるんだが?」「なもなも、おらの脚がエンジンだよ」「わいは〜」
中に入ると、店の女の方が二人いた。気さくな感じだ。私はカレーを注文した。
店内を見回すと、八甲田界隈の写真がたくさん飾られていた。樹氷の写真。新緑の写真。いろいろな花々の写真。
その中になぜか天皇陛下と皇后さま(おそらく当時の皇太子と雅子さま)の写真があった。「え?これ、いつの写真ですか?ここにいらしたの?」と訊くと、「これ、いつだったかアジア大会で青森にいらしたときのだよ」と、年配の方(お母さんだろうか)が教えてくれた。
「へえ〜ここにいらしたのかと思ってビックリしました」と言うと、こんな言葉が返ってきた。
「天皇陛下が学習院時代にこの田代高原に遠足で来たことあるんだよ。警護の人もいっぱいいたけど、目の前の高原でご飯広げて食べてたんだ。写真も撮ったんだよ」と。「それは、いい記念になりましたね!」と言うと店のお母さんは嬉しそうに笑った。
「お待ちどうさま〜」とカレーライスが運ばれてきた。見た感じでは、レトルトではなく自家製のカレーのようだ。豚肉もたっぷり入っていてボリュームがあった。
私は、とくに急ぐ必要もなかったので、ゆっくりとカレーライスを味わった。「谷地温泉」の入浴時間は17時までだったはずだ。のんびり走っても15時前には着くだろう。
カレーを食べながら、私はふと先ほどの「銅像茶屋」のことを思い出し、店のお母さんに訊いてみた。
「そういえば少し先の銅像茶屋、閉まってましたね。今日休みなんですか?」「あ〜銅像茶屋ね〜。もしかしたら今年は店開けないかもしれないね…」「え!そうなんですか?」「ちょうど、昨日の新聞に載ってたっきゃ」
そう言って、昨日の東奥日報を私のところに持ってきてくれた。
そこには「銅像茶屋」の写真が大きく載っていたが、「後継者不足や店舗の維持費不足により、今シーズンは営業をしないかもしれない」…ということが書かれていた。
雪に覆われる半年ほどは、ほとんど収入がないらしく、維持管理も大変だという。後継者がいなければ、そのまま閉店となる可能性もあるという。
「銅像茶屋」には、明治32年雪中行軍遭難の資料館も併設されており、よくあるドライブインとは趣を異にしている。すぐ近くに「後藤伍長の銅像」もあるだけに、このまま閉店しまうのは残念であるし、八甲田周辺の環境業に携わっている方々にとっても大きな打撃となるに違いない。
「県とか市の方で運営してあげればいいのにね〜」「んだっきゃの〜」
インバウンドで賑わう十和田湖や八甲田山周辺ではあるが、県や市も全ての施設に財源を注ぐことはできないのだろう。
山の中にいながら、お母さんと少々政治めいた会話を交わしながら、カレーを食べ終えた。
「また来たら寄ってちょうだいね〜」
と、帰り際にお母さんが声をかけてくれた。しっかりエネルギーを充填した私は、少しだけ不思議な気持ちになって、「谷地温泉」に向かって走り出した。
エネルギー充電できて良かったですね🙆