toggle
2019-07-28

鰺ヶ沢の温泉 / 『山海荘』と 映画『八甲田山』


 

多くの人出で賑わうのは夏の海水浴場くらい…という鰺ヶ沢の街が、青森県内、いや全国的に注目されたのは、私が小学6年生から中学1年生にかけての頃だった。

日本映画史上の名作の一つとも言われ、青森県を舞台とした映画の中では、最も有名な映画『八甲田山』  

その『八甲田山』のキャスト、日本を代表する大スターや大物俳優が、この小さな街に集結していたのだ。

……………………………………

映画『八甲田山』

明治35年、青森の連隊が八甲田山中にて、雪中行軍演習中に遭難し、210名中199名が死亡した事件(八甲田雪中行軍遭難事件)を題材にした映画である。雪の中での極限状態での組織と人間のあり方を問いかけた作品である。

……………………………………

当時、映画のロケは、やはり八甲田山を中心に行われたが、雪の中の撮影はリスクを伴うということから、鰺ヶ沢の長平地区(現在の鰺ヶ沢スキー場あたり)でもおこなわれた。

そのときのロケ隊の宿泊施設が『山海荘』だった。

銀幕のスターを間近で見たいというファンが『山海荘』に押し寄せた。私は年齢的に全ての俳優を知らなかったが、今思えば一つの作品のために、よくこれほどの人物を集めたものだと思う。

 

高倉健 北大路欣也 三國連太郎 緒形拳 加山雄三 丹波哲郎 小林桂樹 藤岡琢也 前田吟 森田健作 下條アトム 栗原小巻 秋吉久美子 加賀まりこ

 

加山雄三は歌手でもあったので、かなりの人気だったと思うが、子供たちにとっては「必殺仕事人」の緒形拳、「Gメン’75」の丹波哲郎、「オレは男だ!」の森田健作、あたりがよくテレビで見る人気俳優だった。

高倉健はもちろん人気だったが、任侠映画のイメージが強く、どんな俳優なのかよくわからなかった。

よく知っていようが知るまいが、田舎のジャイゴワラシには関係なかった。とにかくいろんな俳優さんの写真を撮って、そして色紙にサインをもらうことが一番のミッションだった。

『山海荘』の隣に住んでいるという地の利を生かし、私は毎日のようにカメラをぶら下げて『山海荘』に行った。街のどこからこんなに人が来るのだろう?と思うほど、『山海荘』の周りは賑わっていた。

今ほど警備は厳重ではないが、やはり大スターに勝手に触れるのは御法度だし、話しかけるのも田舎の人間にとってはビビるというもの。多くの人は少し遠くから眺めていた。

 

「弘ちゃん、こっちさ来いへ!」

後年、社長となった従兄弟の慶祐さんが、私を「本館」の中に呼んでくれた。私は得意げな気持ちになって「本館」に堂々と入る。

間近で俳優さんを見ることはできるが、やはり朝はロケに向かう準備でバタバタしている。さすがにサインをもらうことはできない。たしか下條アトムさんだけはその場で書いてくれた記憶がある。

『山海荘』の係の人が色紙を預かってくれた。後日、俳優さんに書いてもらうとのことだった。

当時、子供たちの間では、預かった色紙に書かれたサインは本人のものではなく、付き添いの人がすべて書いているらしい…という噂が広まった。たしかにロケで疲れた後に、あれだけの枚数をサインするのはしんどいに違いない。

それでも、私はかなりの長い期間、いただいたサインを自分の部屋に飾っていた。長靴のイラストが描かれていた緒形拳のサインが一番好きだった。

 

「弘ちゃん、こっちさ来いへ!」

若女将が、私を「壱番館」に入れてくれた。ちょうど「八甲田山」のロケが行われていた当時、実家のすぐ隣にレストラン喫茶「壱番館」が開業した。

洋風のモダンな喫茶店で、当時としては珍しいソフトクリームを売っていた。コーンの上にクルクル〜とのった長いソフトクリームは「壱番館」の人気メニューだった。

多くの俳優たちが「壱番館」でくつろいでいた。そんな多くの俳優さんたちに、物怖じぜず対応されていたのが、若女将のむつ子さんだった。

「こんな綺麗な人は、芸能界にもいない」と、俳優の誰かが言ったらしい。

 

現会長杉澤むつ子氏と小学生の自分。たしかデートの邪魔をしたときのもの。

華やかな美しさを持つ、若女将むつ子さんは、『山海荘』の顔だった。

そして長い間、『山海荘』そして『鯵ヶ沢』という街の発展に尽力された。数年前に、グランメール山海荘グループの会長となられ、現在もご活躍中である。

 

そんな恵まれた環境の中で、毎日のようにカメラや色紙を小脇に抱えていたジャイゴワラシであったが、数十年経ち、当時撮った写真を見返してみると、そのほとんどはピンボケだった。

一番写りの良いのが、高倉健と一緒に撮ったツーショットだった。親友の淳ちゃんが撮ってくれたものだった。

 

健さんとジャイゴワラシ

 

高倉健をはじめ、三國連太郎、丹波哲郎も、そして緒形拳もすでに亡くなっている。そして、そんな大物俳優たちが泊まった『山海荘本館』もすでにない。

現在は、日本海を望める丘の上に『ホテルグランメール山海荘』が建ち、鰺ケ沢駅の近くには趣のある温泉『水軍の宿』がある。

現在の若女将もまた、バイタリティと行動力のある女将で、たくさんの海外客を積極的に呼びこんでいるようだ。きっとこれからも、鯵ヶ沢の、そして青森県の観光を盛り上げていってくれるだろう。

 

私の幼い頃は、『山海荘』とともにあった。

実家がなくなった今、鯵ヶ沢に帰るのはお盆とロードバイクでのツーリングくらいになった。

それでも帰った時には『山海荘』が建っていた辺りをぐるっと走る。まだ残っている蔵にバイクを立て掛け、かつてロケ隊で賑わった駐車場あたりを自分の足で歩く。

黙々と歩く。

ただ、ひたすら黙々と歩く。

 

自分の道は、自分の足で、黙々と歩く

 

『ホテルグランメール山海荘』の情報はHPからどうぞ ⇩⇩

鯵ヶ沢温泉 ホテルグランメール山海荘

青森県西津軽郡鯵ヶ沢町大字舞戸町字鳴戸1

TEL:0173-72-8111(代)

公式ホームページ → 『ホテルグランメール山海荘』

 


スポンサーリンク
関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です