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2019-10-01

全日本合唱コンクール東北大会『金賞』受賞! (於:岩手県民会館)


 

東北大会のステージで歌うのは、いつ以来だろうか。

東日本大震災のあった2011年、たまたま青森市で全国大会があり、そのときにステージに立ったのはよく憶えている。ただ、その年の東北大会に自分が参加したかどうかの記憶があやふやだった。

全国大会のステージは、コンクールの最終ステージとなるので楽しんで歌うことができる。が、東北大会は、全国へ行けるかどうかの決戦ステージ。しかも、娘たちのNコン同様、東北は相当レベルが高い。

東北を突破するのは至難である。裏を返せば、全国大会のステージへ進むのは、毎年のように決まった団体なのだ。

2011年のときは、まだ「職場の部」という部門があった。「みちのく銀行男声合唱団」で歌わせてもらっていた自分だが、やはり「一般の部」に比べると全国に行けるチャンスは少なからずあったのだ。

しばらく歌から遠ざかっていた自分だが、その間にルールが度々改変され、現在は「職場の部」はなく、「一般の部」に統合されている。ただ、その中で「室内合唱の部」「混声、同声の部」などに分かれていて、審査の基準も複雑になっていた。

しかし、ルールがどうだ、他の団体がどうだ、などと言っててもしょうがない。しっかりと自分たちのできる最高のパフォーマンスをすること。それに尽きる。

 

前夜、盛岡の街に入った。先発隊が「盛岡劇場」というところで練習をしていたので、途中から参加した。盛岡は何度か訪れているが、街の全体像をなかなか掴めず、道も覚えられない。

練習後は駅前の「ぴょんぴょん舎」で焼肉を食べた。さすがに「ぴょんぴょん舎」の名は知っていたが、食べたのは初めてだった。

翌朝は、「杜のくら」という古い蔵を改築した、趣のある喫茶店で練習をさせていただいた。

 

昼前に「岩手県民会館」へ向かった。この会場で歌ったことはあるはずなのだが、これまた記憶はほとんどなかった。だが、外観はかすかに憶えていた。というのも、私が大学2年の時、初めて全国大会へ出場したのが、この「岩手県民会館」のステージだったからだ。すでに35年以上が経っている。

リハーサルまで1時間ほどあったので、「一般・室内合唱の部」を3団体ほど聴いた。2番目に歌ったのは、ここ数年全国に駒を進めている「L’Aube des Temps(福島)」というアンサンブル。さすがに上手い。

3番目は、私が学生の頃にはすでに常勝団体だった「FMC混声合唱団(福島)」  課題曲であるビクトリアの「Ave Maria」が秀逸だった。やはり、東北のステージにくるという時点で、どの団体の演奏も素晴らしいのは明白であって、良い悪いを聴き比べるのは困難を極める。

 

3月のアンサンブルコンテストに連れて行ってくれたT野先輩が「自分たちだけができるアンサンブルをしよう!」とリハーサルで言った。

わずか13人で挑戦する東北大会のステージ。今さら何かとんでもないことをやれるわけでもない。「これまで1年間歌ってきたこの曲たちに、感謝の気持ちを込めて歌おう」 T野先輩がそう言った。

 

13人(指揮者含む)によるステージ

 

ピアノを囲むように一列で並ぶ。課題曲は木下牧子作曲の「物語」

この課題曲を選曲している団体は他にはない。聴く側に、日本語の言葉が伝わるように、なるべく丁寧に歌う。

最後のフォルテシモで音をとめたときに、会場に残響音が鳴り響いた。その瞬間、自分の目の奥で何かがこみ上げてきて、ほんの一瞬歌えなくなった。指揮をしていたT野先輩も何かを感じたような表情をしていた。

 

自由曲は、アンサンブルコンテストでも歌った外国曲を2曲。

課題曲とは対照的に、軽く柔らかく流れるように歌う。T野先輩に幾度となく指摘されたピッチに気を使いながら歌う。

リラックスしていたつもりだったが、やはり硬くなっていたのだろうか。ブレスが続かなかった。しかし、県大会のときよりは、はるかに手ごたえのある演奏をすることができた。

 

演奏を終えると、大学時代に同期だったT崎君がロビーで出迎えてくれた。彼もまた東北大会に参加していたのだ。

「お〜!T崎〜久しぶり!」「弘樹〜!みち銀、スゲ〜いがったよ!」と握手を交わした。こうして、かつての仲間と再会できるのも東北大会のいいところだ。

記念写真撮影のあとは、後半の「一般の部」の全ての団体の演奏を聴いた。後半は、常に全国へとコマを進める常連団体が多く、さすがにどこも上手い。

娘のNコンのときにお世話になった、M先輩が所属する仙台の「グリーンウッドハーモニー」は、まさに横綱の貫禄。また、大学の時の後輩O田くんが所属する「鶴岡土曜会混声合唱団」もまた安定感のある素晴らしい演奏だった。両団体とも60名ほどが所属する東北を代表する合唱団である。

 

夕暮れの県民会館

全ての演奏が終わり、私は県民会館の周りを一人で歩いた。中津川という川がすぐそばを流れている。空は暮れ始めていた。

会場に戻り、席につくと「みち銀」のメンバーで残っていたのは、5人だけだった。少しだけ遅れて審査員による講評が始まった。

指揮者の松村努先生の講評だった。「課題曲と自由曲において(日本の曲と外国曲を演奏する場合などはとくに)、表現の方法や発声の仕方をもっと変えてもいいのでは?」というお話があった。これはまさに、私たちに対するアドバイスのようにも聞こえた。

 

審査の発表が始まった。県大会のときと同じように演奏順に代表者が並び、表彰されるそのときに「賞」が言い渡される。いつものように、J君がステージにいた。

「一般の部」合計22団体のうち、全国大会へ進めるのは3〜4団体ほどだ。私たちが出場した「室内合唱の部」は、22団体の中で9団体。おそらくこの9団体の中からは1団体だけしか選出されないだろう。

「室内合唱の部」の発表が始まった。私たちは最後の9番目だ。

2番目のいつも金賞をとっているアンサンブルは銅賞だった。「こりゃ敵わない」と思った「FMC」は銀賞だった。ひとつも「金賞・ゴールド」がコールされないまま発表が続いた。いよいよ私たちの番だ。

「みちのく銀行男声合唱団…..ゴールド!金賞!」

「やっっっっった!」

私たちは席に残った4人で熱い握手を交わした。そばに一緒にいてくれたT崎君とも握手を交わした。

しかし、全国が決定したわけではない。「一般の部」後半の発表が続いた。やはりM先輩の「グリーンウッド」と後輩O田君の「鶴岡土曜会」は、当然のように「金賞」を獲得した。他に3団体が「金賞」を受賞した。

 

「では、全国大会へ推薦する団体を成績順に発表します」

1番目が「鶴岡土曜会」、2番目が「グリーンウッドハーモニー」 そして、3番目は「合唱団L’alba」という女声アンサンブルだった。あとひとつだろうか…

「全国大会、もうひとつの団体は…」

 

「みちのく銀行男声合唱団!」

「ヤったアーーー!」

 

すぐ隣でT野先輩たちが抱き合っていた。私はなぜか妙に言葉を失って下を向いていた。顔が崩れかかっているのを見られたくなかったのかもしれない。

しかし、すぐにみんなの喜ぶ顔を見て、再び熱い握手を交わした。

 

大輔君と

 

新幹線と奥羽本線との乗り継ぎの関係で、私はひとりで1本前の新幹線に乗った。

昼頃、雨が降っていたせいか、日中は蒸し暑い1日だった。スーツの上着をフックにかけ、座席に座って必死に汗をぬぐった。

通信料が制限ギリギリとなっていた携帯がピロンと鳴った。JR東日本のWiFiになんとか繋いで、LINEを見た。一緒に残ってくれた期待の新人のK村君からだった。審査員の講評の画像が載っていた。

画像の中に、会場で講評をくださった松村努先生の講評があった。「美しい!感動した!」という嬉しい言葉があった。松村努先生は、22団体中、私たちになんと2位をつけてくれていた。

あの会場での講評は、もしかしたら私たちへの熱い「メッセージ」だったのではないだろうか。

私は、そんな都合の良いことを勝手に考えながら、娘に「金賞」の報告をメッセージした。

 


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