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2019-10-12

台風 と 娘の涙


 

携帯電話が鳴った。電話に出ると、向こうで娘が泣いていた。

 

郡山で開催される【こども音楽コンクール】の本番は日曜日だ。天気予報を見ると台風19号は、日曜日には太平洋に抜ける。

しかし、遠くから参加する我々は、土曜日のうちに入らねばならなかった。夜20時頃に着く予定だったが、それはかなり危険な時間帯だった。

金曜日の早朝、顧問の先生から連絡があった。校長先生からの指示があり、「夜に到着するのは危険なので、早めに弘前を出発して夕方前には到着するようにしてください」ということだった。

父母会の方々が連絡を取り合い、土曜日の午前の練習はナシにして、すぐ出発するための段取りをする。旅館やバス会社、お弁当を頼んでいる業者などにも急いで連絡をする。

 

昼前に再び先生から電話があった。「あまりにも大きく危険な台風なので、やはり子供たちを台風が接近する地域に遠征させるわけにはいかない」と、校長先生から新たな指示があったということだった。

先生は電話の向こうで、とても残念そうな口調で話していた。「6年生で構成する重唱だけでも歌わせてあげたい」と言っていた。このコンクールでは、合唱と重唱、二つの部門に参加する予定だった。

「土曜日の移動が無理でも、日曜日の朝早く新幹線か車で移動すれば、重唱チームだけでも、なんとか参加できないだろうか」先生はそう言っていた。これまで子どもたちと一緒になって、練習を頑張ってきた先生の思いが伝わってきた。

私はどう返していいのか、少しの間言葉を失っていたが、ちょうど先生に別の電話が入ったらしく、話は途中で終わった。

 

娘がこの重唱の補欠メンバーになっていた。てっきり補欠のままだと思っていたが、土壇場になってやる気を出し始めたらしく、ここ数日でかなりいいアンサンブルを奏でるようになったようだ。

先日、重唱の練習に参加したときも聴いてみたが、とてもいい演奏をしていた。他メンバーに比べると声量はないのだが、正確なピッチと全体のハーモニーを崩さない声質をしていて、聴き心地の良い四重唱だった。

「もしかしたら、正メンバーとして歌わせるかもしれない」と、先生も話していた。

東北大会というステージで、わずか4人で歌うという経験もそうできるわけではない。もし可能であれば、当日朝に行く方法はないだろうか…そう思案していたとき、先生からメールが届いた。

 

「先ほどの電話はコンクールの主催者からでした。コンクールは中止となりました。旅館もバスもすべてキャンセルします」

 

福島県。とても雨雲レーダーとは思えない画像。

 

昨日から次々と変化する予定に合わせて、必死に段取りを修正してきたが、ピンと張っていた私の気持ちは、プツンと切れた。

気がつくと、頭がガンガンとしていた。仕事中、バックルームでしばらくの間、何も考えずに目を瞑っていた。

 

夕方、父母会の方々と連絡を取り合い、各方面にキャンセルの電話をした。「これだけ大きな自然災害だから、しょうがないですよ」と、旅館もバス会社もキャンセル料なしで対応してくださった。

夜、学校で父母を集めての説明会があった。学校に向かう途中、携帯電話が鳴った。電話に出ると、向こうで娘が泣いていた。

 

説明会では、顧問の先生も疲れ切っていた。この台風の迫り来る中、東北大会に向けてどう対処したいいのだろうか、相当な気苦労があったと思う。

しかし、結果的にコンクールそのものが中止になったことで、逆にホッとしたところもあるかもしれない。コンクールの審査自体は「演奏を録音したものを主催者に送り、審査してもらう」という形式になるらしい。

先生や父母会の方々と、お互いが「お疲れ様でした」と労い、帰途についた。

 

(涙を流している娘に、なんと言って慰めようか…)

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一生懸命、自分が頑張ってきたことでも、常にそれが評価されるとは限らない。それを表現できる場があるとは限らない。これからの人生の中でも、そういうことは幾度となくあるだろう。

でも、それが無駄だということは、決してない。今回は、そういう貴重な経験をしたのだと思うよ。

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そんな、優等生な親のような言葉を考えたりしていたが、頭がごちゃごちゃしてきたので、とりあえず元気な声で「ただいま〜!」と玄関のドアを開けた。

家の中に入ると「おかえり〜!」

と娘が、いつものズルすけ笑顔でiPadをやっていた。

 

イヒヒ

私の心は、なぜかホッとなった。

 

 


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