ツール・ド・ツガル / 西目屋渓谷と岩谷観世音
布団の中で携帯を見ると、八甲田方面は曇り、雨も降りそうな予報だった。酸ヶ湯に行くのは諦めて布団に潜り込んだ。
大学の頃は毎日のように夜更かしをし、早朝の授業は苦手だった。授業のない日は昼過ぎまで寝ていた。そんな体質が未だに残っている。
娘を学校に送り出すと、つい布団に潜り込む。もっと早く寝ればいいだけの話なのだが、夜更かし癖が抜けていない。
目覚めると11時。先週よりもヒドい寝坊だった。でもこのところ寝不足気味だったのでたまに寝溜めもいいだろう。たいした計画も立てないまま、ジャージに着替え、ロードを車に積んで岩木山の方に向かって走り出した。
岩木山神社から少しだけ離れたところにある駐車場に車を停め、ロードを下ろす。三本柳に向かう坂を下る。岩木山麓を走るときは、往路は上りが普通だが、今日の走りは下りから。
そのまま東目屋に下り、西目屋へ。いつもの旧道を走り、ビーチ西目屋も素通りして津軽ダムに向かう。岩木川に架かる橋を渡ると、渓谷沿いの紅葉に目を奪われる。
本格的な紅葉は、あと数日後だろうか。しかし緑の中に紅や黄が映えるのもいいものだ。
ほぼ稲刈りも終わった西目屋の田んぼを左右に見ながら、やがて津軽ダムに着いた。ダムまで来るのは久しぶりだった。
ダムの真上の広い通路では、工事関係者が十数人ほどなにやら話をしていた。サイクルジャージ姿の自分が、なにか場違いな感じがして私はすぐにダムをあとにした。
復路は緩やかな下り。気分良く脚も回る。変電所を過ぎたあたりに分かれ道があった。右をそのまま行くとバイパスだが、左は旧道だ。私は、ふと案内標識に目が留まり、そのまま旧道の方にハンドルを切った。
標識には「岩谷観世音」と書かれてあった。以前からダムまで走るたびになんとなく気になっていた。
少し走ると、道の左手に紅い鳥居がある。どうやらここが「岩谷観世音」らしい。ただ、ロードを置いて少し歩かなければならない様子が見てとれたので、一瞬面倒な気持ちになってそのまま通りすぎた。
50mほど走って、私は引き返した。せっかく旧道に入ったのだし、今は時間の制約もない。鳥居の近くにロードを置いて、私は鳥居をくぐり沢の方に向かって下って歩き出した。
しばらくすると木でできた階段があった。階段は最近修理をした形跡もあるが、ところどころ腐っていた。ゆっくりと転ばぬよう階段を下りきると、目の前に渓谷が現れる。そこからは川沿いに狭い石段がある。その石段を登っていくと「観世音」があるようだ。
石段は濡れていた。ビンディングシューズが時折滑る。石段から滑り落ちると、岩木川へまっ逆さまである。正直ビビる。
両脇にある鉄パイプの柵を必死に掴みながら登った。登りきると、そこには大きな岩の洞窟があった。
洞窟の奥には祠があった。こういった自然独特の地形を生かした祠は、なんとなく神々しいものを感じる。私は、つい手を叩いてしまったが、観世音ということは菩薩であるから、仏ということになるのだろうか。
岩の隙間から湧き水が滲み落ちてくる。置かれていた柄杓で、私は少しだけ口に含んだ。
再び川の方に目をやると、「観世音」を囲むようにして美しい色の木々が広がっていた。私はしばらくの間、川の流れと木々の色を眺めていた。この中に人間は自分ただ一人だった。
この時期、八甲田の城ヶ倉は、多くの観光客で賑わっているに違いない。蔦沼も早朝から何百ものカメラマンが押し寄せているのだろうか。
私はこの洞窟からの絶景を眺め、ひとり考えた。無理やり、何かの答えを導き出そうと思ったのかもしれないが、結局答えは出なかった。
来た道を戻ると、少し向こうに川に架かる橋があったので、足を伸ばしてみた。橋から眺める渓谷は、その両岸を美しい木々に彩られていた。
ツーリングに出ると、たまにこのような情景に出くわし、何かを考え、何かの答えを出そうとするときがある。
でも、だいたい答えが出ることはなくて、悶々としながら復路を走ることになるのだが、実はこれが自分にとってのツーリングの醍醐味だと思っている。ラーメンや温泉だけではないのだ。
少々小難しいことを考えて走っていたら、腹が減ってきた。早く岩木山神社に戻って、舞茸味噌ラーメンでも食べよう。(ラーメンの話はつづく)
岩谷観世音の歴史についてはコチラのサイトをご参考に ↓↓↓
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