toggle
2019-11-25

【 全日本合唱コンクール全国大会 】 『銀賞』受賞! (於:ロームシアター京都)


 

眼下に大阪城が見えた。独特な天守の色が、機上からでもよくわかる。

グレイッシュな空の伊丹に降り立った私たちは、リムジンバスに乗り込み、京都へと向かった。

大阪城

一時間ほどで京都駅に着いた。大阪と同じグレイッシュな空に京都タワーがあった。タクシーに分乗し、五条にあるホテルに向かった。

この日は、夜に京都御所の近くにあるスタジオで練習をした。練習後はホテルの近くの焼き鳥屋で決起集会を開き、明日、最高の演奏ができるよう仲間と盃を交わした。

 

本番当日の朝。京都は雲ひとつない快晴だった。

私たちは地下鉄を乗り継ぎ、会場である「ロームシアター京都」へ向かった。北側には平安神宮。南側には国立近代美術館や京都市美術館。これほどの環境の中で歌うことは、この先はないだろう。

【全日本合唱コンクール全国大会 大学・一般の部】の第1日目は、「大学の部」と「室内合唱の部」が開催される。会場で受付を済ませたあと、リハーサルまで少し時間があったので、「大学の部」を6団体ほど聴いた。

かつて大学生だった頃の自分が憧れていた関西学院グリークラブの演奏も聴くことができた。さすがに金賞常連の演奏。でも昔の方がもっとパワーがあった気がする。30年も経てば、大学生の質も変わるのだろうか。

都留文科大学合唱団の演奏は素晴らしかった。女声に囲まれるように男声が10人ほどの構成だったが、バランスの良い美しい響きをしていた。ビブラートのない澄んだ響きのソプラノが秀逸だった。

名古屋大学の合唱団は、なんと120名を超える大合唱団。そして、「大学の部」最後のステージに立った東京工業大学混声合唱団コール・クライネスは、今大会最大人数の144名という、合同合唱か?と思わせる巨大合唱団だった。

私が在籍した弘前大学混声合唱団は、いまや10名ほどの小さなアンサンブルになってしまったが、こうしてみると今の若い人たちが歌わなくなってしまった…というわけではない。決してコンクール第一主義というわけではないが、またいつか「ヒロコン」も、全国のステージに立つ日が来るといいな。

 

13時に集合し、そこからはリハーサル、そしてステージの袖へとタイムラインに乗って動く。しかし、いつもと違っていたのはステージ袖での待機だった。

昼休みを挟み、午後からの「室内合唱の部」の開演であったが、我々がトップバッターだった。いつもであれば、袖で前の団体の演奏を聴くのが常だったが、今回はまだホールが少しガヤガヤとしていて、待機している我々も妙にリラックスしていた。

ただ、これまでの地区大会とは違い、全国大会は常にホールの席が埋まっている。チケットも前売りで購入しないと会場に入ることは難しい。それだけ耳の肥えた方々が、午前の「大学の部」から聴いているのである。

昼休みを挟んだとはいえ、私たちの前に歌った東京工業大学は144名。そのあとに歌う我々は、指揮者、伴奏者を含め、わずか12名だった。

 

「室内合唱の部」の開演を合図するチャイムが鳴り響いた。

「頑張ってください!」 

係りの人の一声で、我々は大きな拍手鳴り響くステージへと歩き出した。

 

今大会、最小人数のみちのく銀行男声合唱団

どこの団体への拍手よりも大きな拍手が鳴り響いているような気がした。

 

朝日新聞デジタルより

演奏を終えると、私はひとりで会場の外に出た。

冷たいコーヒーを買って、中庭のベンチに座り喉を潤した。緊張で汗をかいていたのかもしれないが、この日の京都は初夏のような暑さだった。

はたして演奏はどうだったのだろうか。ステージ上での自分の声がナマ声に聴こえ、全体の響きを感じにくいステージだった。それでも東北大会のときと同じくらいのレベルでは歌えたような気がした。

最小人数の私たちに対する大きな拍手が、体全体にドーパミンを分泌させ、幸福感に包まれたのは確かだった。

京都に来て、そのような気持ちを味わえたことだけでも、素晴らしい経験だと思う。この歳になって「経験」という言葉を使うこと自体が「有り難い」ことなのだ。

 

BASS の盟友 柴田くん撮影

会場に戻り、「室内合唱の部」他団体の演奏を拝聴することにした。

しかし…(自分たちの演奏はどうだったのだろう?上位にはくいこめるのだろうか)という、さっきまでの思いは、全て吹っ飛んでしまった。各支部大会を勝ち抜いてきた、どの団体も「上手すぎた」…いや「凄すぎた」のだ。

沖縄の合唱団「い〜すたん」は、言葉の表現が美しく、ハーモニーの厚みも素晴らしい。課題曲のひとつ「蜂が一ぴき」を歌った団体の中では、「い〜すたん」が最も良かったように思う。

地元京都のアンサンブルVineは、声も素晴らしいが演奏全体のパフォーマンスに優れ、会場を魅了していた。

倉敷少年少女合唱団は、少年少女ならではの瑞々しい歌声と緻密な演奏。相当な練習時間を費やしているのだろう。

最後は佐賀の女声合唱団ソレイユ。 女声ではあるが、演奏はまさに横綱相撲であった。

 

「室内合唱」とはいえ、どの団体も制限人数ギリギリの24名で参加していた。「室内合唱」というよりは、大合唱団から選抜されたメンバーで演奏している感があり、我々12名の演奏とは別次元のような印象を受けた。

それが良いのか、そうでないのかは全くわからないし、聴く人、審査する人によって、それぞれの思いや意見は異なるだろう。

トップバッターだった自分たちの演奏は、「この凄すぎる団体たちと一緒に審査されるのだったっけ?」と思えるくらい、過去のものに感じていた。

 

会場の1階は、発表を待つ超満員の人で溢れていた。私は、仲間のメンバーを見つけることができず、3階席に一人で座った。

ホールでは、各大学の有志が一緒になり男声合唱を歌っていた。35年前の自分の姿と重なるものがあった。こういうのは、いつの時代になっても良い。私も小さな声で男声合唱を呟いていた。

 

「それでは、室内合唱の部の発表を行います。」

大学の発表が終わり、興奮の余韻が残っていたが、会場は再び緊張の静けさを取り戻した。

発表は演奏順。ということは我々の成績が最初に発表されるということだ。全国大会では、どの団体も「金」「銀」「銅」のいずれかに入賞となる。私はひとり下を俯いたまま、息を呑んだ。

 

 

「青森県 みちのく銀行男声合唱団…….シルバー!銀賞です!」

 

「おお…やった…やった…」

 

遠くの3階席にT野先輩の姿を見つけた。私は、先輩たちのいる席へ駆けつけて、東北大会に続いて再び固い握手を交わした。

誰もが、嬉しそうな顔をしていた。

 

夕闇に浮かぶ「ロームシアター京都」

弘前の建築に所縁のある前川國男が初期設計をした「ロームシアター京都」

弘前で歌っているかのような錯覚を覚える、この素晴らしいホールで歌えたことは、私の記憶から消えることはないだろう。

 

五条大橋を渡ると、鴨川沿いの灯りが川面に映っていた。

 

私たちは大学生だった頃の自分を思い出し、夜の京都の空に向かって、男声合唱「U Boj(ウ・ボイ)」を歌っていた。

 

 


スポンサーリンク
関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です