toggle
2020-01-05

「一代様」の初詣 『多賀神社(清水観音)』


 

新年初売り後の、最初の休日。娘と初詣へ行くことにした。

日頃、神頼みはあまりしないけれど、初詣をするとなんとなく気持ちがすっきりする。

令和二年は娘にとって年女である。まだちっこいと思っていた娘であるが、「年女」という表現ができる年齢になっていた。

 

津軽一帯には「一代様」と呼ばれる神社仏閣があることはよく知られる。子年(ねどし)の娘にとっての「一代様」は、東目屋にある『多賀神社(清水観音)』である。

娘と一緒にここへ参拝するのは初めて。いや、娘がまだ嫁さんのお腹の中にいたとき、「戌の日」の安産祈願で訪れたことがあるので、正確に言えば二度目ということか。

私自身も『多賀神社(清水観音)』を訪れたのは、そのときが初めだったが、山の急斜面にへばりつくように建っている神社を見て驚いた。

細く長い坂を登ると、やがて絶壁のような急な階段が現れる。とても妊婦さんが上るような階段とは思えなかったことを憶えている。

 

新年も5日目となれば、そんなに混んでいないだろうと思ったが、神社の入り口付近には多くの車が停まっていた。

車を置くスペースがなかったので、ぐるりと回って再びバイパスに出ると、近くに参拝客用の駐車場がある。そこに車を停め、私と娘は歩いて神社に向かった。

神社入り口に清水観音水舎がある。二人で手と口を清めた。

 

神社入口の水舎

 

長く続く階段

 

水舎を過ぎると、そこから始まる長い階段。ところどころに吊るされている提灯が美しい。

長い階段を上ると、左手にあの急な階段が現れた。滑らないように上の方から水が流れているが、その水が凍りかけているところもある。

中央に渡された鉄パイプの手すりを掴みながら上るが、それもまた冷たい。

「しゃっこーい!」 

せっかく用意していた娘の手袋を車に忘れていた。

 

断崖を克服したと思いきや、さらにその右手に新たな急階段があった。これを上り切らないと拝むことはできない。

視界の上には、赤い柱が縦横にと組まれたお社がそびえている。京都の清水寺を模して造られたと言われており、古くから「清水の観音」として津軽一円から深く崇敬されてきたのだとか。

ゆっくりゆっくりと最後の階段を慎重に上った。

 

山の斜面に現れるお社

  

清水観音水

 

最後の階段を上りきると、お社の奥に小さな祠があり、名水として知られる「清水観音水」が湧き出ている。ここで再びお清めをしてから、お社の正面に回った。

お社から上ってきた(もはや登ってきたと言ってもいい)階段を見下ろすと、その高さに身震いがする。高いところは小さい頃から苦手だ。

お賽銭を入れ、鈴を鳴らし、「二礼 二拍手 一礼」

拝み始めてから頭の中で(何をお願いしようか…)と、思っているうちに時間が経ち、焦りながら祈願するのは(家族が健康でありますように)とたわいもないこと。

 

神や仏に対して信心深い方ではないが、亡くなった両親は信心深い人だった。小さい頃からその姿を見てきたので、形だけでもちゃんとしよう…と思うのかもしれない。

上ってきた階段を下り降りるのは、上りよりも慎重を要する。娘と手をつなぎながら、そろりそろりと階段を降りた。

 

「お守り、買ってもいい?」

参道の途中に、お守りやおみくじを売っているところがあった。

綺麗な飾りのついたお守りや、ねずみのキャラクターがついたかわいいお守りもあったが、娘は紫色の昔からあるような普通のお守りを選んだ。

「こっちの方が正しいと思う」

日頃からiPadを手放さない娘だが、こんなところは何故か正統派。

 

年女

 

もし、次の年女のときに、また一緒に来ることがあるとすれば、それは十二年後。娘が24歳のとき。

果たして、自分はこの急な階段を息を切らさずに上れるのだろうか。果たして、十二年後まで生きているのだろうか。

 

参道の向こう側で振り向いた娘の姿を見て、ふと思った。

 

 


スポンサーリンク
関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です