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2020-03-02

最後の部活 / 早すぎた春休み


 

暖冬で雪の少ない2020年の3月。

あと3週間ほどで娘も小学校を卒業だ。そんな3月初め。いきなり春休みがやってきた。いや、正確に言えば3月3日から2週間の休校である。

新型コロナウィルス感染拡大防止の一環として、全国的に休校の措置がとられた。自治体によって多少の差はあるが、多くの学校が2週間ほどの休校を決めた。

状況によっては春休みまで休校、つまりは3月から4月の初めまで1ヶ月以上の長い春休みになるかもしれない、という異例の事態。

 

学校が休校である以上、当然、部活動をするわけにはいかない。

3月1日は、合唱部の6年生にとっては、突然最後の部活の日となった。心の準備もないままに。

 

音楽室のある3階の廊下

 

前日の土曜日、私は仕事が休みだったので、久しぶりに部活に顔を出してみた。突然の休校により、残り2日となった部活。急遽、音楽室では来年度に向け、みんなで新しい部長や副部長を決めていた。

5年生はわずか二人しかいなかったので、一人が部長、もう一人が副部長にと、すんなり決まったようだ。そして、さらに各学年の代表を決める。

自らの立候補があったり、友達の推薦があったり。私は、音楽室の一番後ろで、その様子をじっと見ていた。4年生と2年生は代表がすぐに決まった。しかし人数の多い3年生は4人が立候補した。

一人一人が自分の思いを話す。みな、8〜9ヶ月前に入部した小さな子どもたちだ。そんな、まだ小さな子どもたちだったが、彼女たちの発した言葉に、私は幾度となく心を打たれた。

 

一人の女の子が、こんなことを言った。

「私は学年の代表になれるほど、まだ全然しっかりしていません。でも、これからは、いろんなことを自分からやれるようになりたいです。だから、代表になってみたいと思い、立候補しました」

 

思わず、ハッとした。

この数週間、得体の知れぬウィルスによって、人々の気持ちは暗く翳り始めた。誰かを疑い、誰かを批判し、そして誰かの指示を待ち、身動きの取れない動物と化している。

目に見えぬウィルスは人間の身体ではなく、いつの間にか人間の心を支配するウィルスとなり、それは日本全国の大人へと感染していた。

 

あえて自分をひとつ高いところに立たせ、自らを奮い立たせて頑張ってみたい。彼女のその勇気に、私は胸を打たれた。正直に言えば、大人である自分が恥ずかしくなったのだ。

確かに、治療薬やワクチンが無いのは怖い。経済が停滞し、収入が無くなるのも怖い。しかし、本当に目の前で起こっていることは何なのか。大人である私たちができることは何なのか。何をすべきなのか。

いや…そんな偉そうなことを言いながらも、実は大した行動もできず、毎日毎日煽られるようなニュースを眺めてばかりの自分。

それでも、もう少しだけ自分自身の頭で考えてみよう。小さな女の子の言葉を聞いて、そう思った。

 

そして3月1日の日曜日。最後の部活。

私は仕事だったが、昼休みに学校の音楽室を覗いてみた。今年度で退職となる顧問の先生が、子どもたちや父母の皆さんから大きな花束を受け取ったところだった。

長年、いくつもの学校で、たくさんの子どもたちに合唱を指導してこられた先生にとっても、最後がこのような終わり方をするとは思ってもいなかっただろう。

でも、先生は大きな花束を抱え、大きな笑顔を浮かべていた。その表情には「十分やりきった」という思いが表れていた。

これまで音楽室には、声の出し方や発音の仕方などが書かれた、大きな紙がたくさん貼られていたが、それらはすべてキレイに剥がされていた。後任の先生が新鮮な気持ちで合唱部を受け持つことができるよう、自分の色を消したのだろうか。

何となくだけれど、退職する先生の気遣いと覚悟を感じたような気がした。

 

新しい部長と副部長が挨拶に立ち、先生と6年生へ、これまでの感謝の気持ちを伝えてくれた。聞きながら、みんな泣いていた。娘も泣いていた。私も泣いた。

 

「よーし!最後に写真撮るぞー!」

私は、涙で目が滲んでいるのがバレないよう、大きな声を出した。

 

 

ファインダーの向こうで、先生も娘も、6年生の仲間も、そして後輩たちも、泣いた後は誰もが最高の笑顔になっていた。

ウィルスも、たちまち退散してしまいそうな笑顔に。

 

 


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