ツール・ド・ツガル / 初夏のロイヤル激坂
(あじゃら山を一周して温泉にでも入ろうか)
久しぶりの休日の晴天。いつものようにロードと温泉道具一式を積み込み、国道7号を南へ。
大鰐駅前に車を停める。帰りはどこの温泉に入ろうか。目の前の『鰐com.』もいいけど、老舗の『ヤマニ』や『赤湯』にも浸かってみたい。ツーリング後の温泉に思いを馳せながら、大鰐の街を走った。
青い空に雲が流れ、空気がうまい。橋の上から美しい山々とスキー場がクッキリと見える。頂上に何かの塔が立っていた。
(そういえば、しばらく上ってないな)
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
いやいやいや。今の自分にあの激坂を上るだけの脚はない。心肺もない。そんなことはわかっている。自分がよくわかっている。
しかし…遥か向こうに見えるあの山を目にすると、何故か妙な気持ちが沸き起こってくる。
あじゃら山一周のことなど、すっかりどこかへいってしまい、私は2年ぶりのコースを上り始めていた。何かに挑戦するこのワクワクした感じ。そんな気持ちを抱くことが久しぶりだった。
「ワイナリーホテルまで5.2km」の大きな看板が立っている。さあ、ここからが本番だ。しばらく走ると、リフト乗り場までの最初の激坂が現れた。
始めてこの激坂を上ったのは、ロードを始めて2年目の頃。チャリの先輩に「一度も脚をつかずに上れたら、岩木山のヒルクライムもイケると思うよ」と言われ挑戦した。
しかし、あまりのキツさに2回脚をついた。確か3度目の挑戦で脚をつかずに上りきった記憶がある。あの頃は、毎日のようにトレーニングをしていたので、ド素人の自分には伸びシロもあったのだろう。
現在の自分が、一度も脚をつかずに上りきるのは無理なのは、自身の身体の感覚でわかる。いや、脚をつく以前に上れるのかどうか…(汗)
(とりあえず3回は脚をついてもいいことにしよう)
そんな、よくわからない甘々なルールを決めて、激坂を上った。
カツカレーが名物の「さかえ食堂」の前を通り過ぎる。(もし上りきることができたら、褒美はここのカツカレーだ)
左手に古いヒュッテが見え始める。どのヒュッテも今は使われていないらしく、寂れ、草が青々と多い茂っていた。
リフト乗り場が見えてきた。ロイヤル激坂の中でもここが最もキツい。脚が止まりそうになる。大きなカーブを上りきり、美しく広がる芝生のところでロードを降りた。
早くも1回目の休憩。まあ、ここからの景色はカメラに収めなくてはならぬ。
ゼイゼイと息を切らしながら、遠くに見える大鰐の街を眺めた。
少しだけ平坦なところを探してロードを走らせる。あまりに急なところだと発進できないのだ。
しばらく走ったところでトラブルが起こった。
「ガチャ!」「あっ!」
左脚のビンディングが外れた。(ヤバい!落車する!)
ビンディングがはまった脚の方に倒れると、そのまま身体ごと地面に叩きつけられる。右側に身体が傾いた。
(ヤバい!)
必死に右脚のビンディングを外した。
(ふう〜)
なんとか落車を免れた。
もう一度平坦な場所を探して、少しだけ歩く。少し気持ちを整えて、再び走り出す。
しかし走り出してすぐ、「ガチャ!」と再び左脚のビンディングが外れた。焦りながらロードを降りる。
(うう〜、今日はちょっと無理かもしれないなあ)
そんな思いが頭をよぎった。
(すでに3回も脚をついてしまった。いや、2回は落車を防ぐものだったから、回数に数えなくてもいいか)
そんなよくわからないことを考えながら、私は再び走り出した。まずは、行けるところまで行ってみよう。
先ほどのリフト乗り場と同じくらいの斜度の激坂が続いた。確か、カーブの手前に少しだけ広くなっているところがあったはずだ。そこまではなんとか頑張ろう。
時折、ゴルフ場へと走る高級そうな車が脇を通り過ぎていく。なぜか無性に「ちぇ!」という気持ちになる。
カーブのところにきた。私は迷わずにロードを降りた。心臓がバクバクしている。
あと何kmくらいあるのだろう。どのくらい走ったのだろう。あまりの遅さに距離感がピンとこない。
確か「ホテルまで何km」の標識があったはずだ。リフト乗り場のところで「あと4.2km」だった。「あと3km」の標識はまだ見ていない。
すでに脚を2回ついてしまった(落車を防いだ2回は除く)が、とにかく上を目指して走るとしよう。
どのくらい走ったのかわからない。一番軽いギヤのまま黙々と脚を回し続けた。引き足を使い、なるべく大きく円を描くことを意識して脚を回す。
遥か遠くに赤い標識が見えてきた。きっと「あと◯km」の標識だ。少し気持ちが上がる。
はたして「あと3km」なのだろうか。もしかして「あと2km」なのだろうか。かすかに数字が見える。「3」にも言えるが「2」にも見える。
(「2」であってくれ!)
祈るような気持ちで、赤い標識に向かって脚を回した。数字が見えた。
「あと2km」
(よっしゃ!あと2kmだ!リフト乗り場から2km上ったんだ!)
一気に気持ちが浮き足立つ。(いや、脚はまったく浮くということはない)
このまま「あと1km」の標識目指して走ろう。
しかし、走れども走れども「あと1km」は現れない。木々の間から、時折津軽平野が見える。あの白い円形は「平賀ドーム」だろうか。
(おかしい。確か「あと1km」の標識もあったはずだ)
そう思いながら必死に上ると、視界の遠くにピンク色の標識が見えてきた。
(あ、あれだ!)
必死に漕ぐ。ひたすら漕ぐ。現れた標識を確認した。
「雨池チャンピョンコース→」
スキーのコースの案内板だった…
だが、ここまで来れば、なんとか脚さえ廻してさえいれば頂上に着くはずだ。
デコボコの路面が現れる。確かゴールが近くなるとこんな路面があった。心なしか空も近くに見える。もしかしたら「あと1km」の標識はないのかもしれない。
それを確信し、私はダンシングでラストスパートをかけた。向こうに建物のシルエットが見えた。
(よし!頂上だ!)
私の気持ちは一気に浮き足立った。(脚はまったく浮くことはない)
最後のカーブを右に曲がると、頂上のリフトが現れ、その向こうにホテルが見えた。
「ヨッシャー!」
私はベンチのあるところまで行き、ロードを立てかけ、下界を見下ろした。
それにしても2回脚をついた(落車を防いだ2回は除く…)だけで、よく上ってこれたものだ。
脚はガクガク、心臓はバクバク。すべてを吐き出してしまいそうな気持ち悪さがこみ上げてきた。が、それを上回る気持ち良さが身体に充満していた。
街で見上げた青い空と流れる雲が、同じ目線にあった。そしてその真正面に美しい三角錐の岩木山があった。
遠くに見える岩木山を見ながら、私は、かのオリンピック選手の名言を思い出し、呟いた。
「初めて(じゃないけど)、自分で自分を褒めたいと思います」
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