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2020-05-28

ツール・ド・ツガル  /  初夏のロイヤル激坂


 

(あじゃら山を一周して温泉にでも入ろうか)

久しぶりの休日の晴天。いつものようにロードと温泉道具一式を積み込み、国道7号を南へ。

大鰐駅前に車を停める。帰りはどこの温泉に入ろうか。目の前の『鰐com.』もいいけど、老舗の『ヤマニ』や『赤湯』にも浸かってみたい。ツーリング後の温泉に思いを馳せながら、大鰐の街を走った。

青い空に雲が流れ、空気がうまい。橋の上から美しい山々とスキー場がクッキリと見える。頂上に何かの塔が立っていた。

(そういえば、しばらく上ってないな)

 

 

ふと、そんな考えが頭をよぎった。

いやいやいや。今の自分にあの激坂を上るだけの脚はない。心肺もない。そんなことはわかっている。自分がよくわかっている。

しかし…遥か向こうに見えるあの山を目にすると、何故か妙な気持ちが沸き起こってくる。

 

あじゃら山一周のことなど、すっかりどこかへいってしまい、私は2年ぶりのコースを上り始めていた。何かに挑戦するこのワクワクした感じ。そんな気持ちを抱くことが久しぶりだった。

「ワイナリーホテルまで5.2km」の大きな看板が立っている。さあ、ここからが本番だ。しばらく走ると、リフト乗り場までの最初の激坂が現れた。

 

始めてこの激坂を上ったのは、ロードを始めて2年目の頃。チャリの先輩に「一度も脚をつかずに上れたら、岩木山のヒルクライムもイケると思うよ」と言われ挑戦した。

しかし、あまりのキツさに2回脚をついた。確か3度目の挑戦で脚をつかずに上りきった記憶がある。あの頃は、毎日のようにトレーニングをしていたので、ド素人の自分には伸びシロもあったのだろう。

 

現在の自分が、一度も脚をつかずに上りきるのは無理なのは、自身の身体の感覚でわかる。いや、脚をつく以前に上れるのかどうか…(汗)

(とりあえず3回は脚をついてもいいことにしよう)

 そんな、よくわからない甘々なルールを決めて、激坂を上った。

 

カツカレーが名物の「さかえ食堂」の前を通り過ぎる。(もし上りきることができたら、褒美はここのカツカレーだ)

左手に古いヒュッテが見え始める。どのヒュッテも今は使われていないらしく、寂れ、草が青々と多い茂っていた。

リフト乗り場が見えてきた。ロイヤル激坂の中でもここが最もキツい。脚が止まりそうになる。大きなカーブを上りきり、美しく広がる芝生のところでロードを降りた。

 

リフト乗り場より大鰐の街を望む

早くも1回目の休憩。まあ、ここからの景色はカメラに収めなくてはならぬ。

ゼイゼイと息を切らしながら、遠くに見える大鰐の街を眺めた。

 

少しだけ平坦なところを探してロードを走らせる。あまりに急なところだと発進できないのだ。

しばらく走ったところでトラブルが起こった。

「ガチャ!」「あっ!」

左脚のビンディングが外れた。(ヤバい!落車する!)

ビンディングがはまった脚の方に倒れると、そのまま身体ごと地面に叩きつけられる。右側に身体が傾いた。

(ヤバい!)

必死に右脚のビンディングを外した。

(ふう〜)

なんとか落車を免れた。

 

もう一度平坦な場所を探して、少しだけ歩く。少し気持ちを整えて、再び走り出す。

しかし走り出してすぐ、「ガチャ!」と再び左脚のビンディングが外れた。焦りながらロードを降りる。

(うう〜、今日はちょっと無理かもしれないなあ)

そんな思いが頭をよぎった。

(すでに3回も脚をついてしまった。いや、2回は落車を防ぐものだったから、回数に数えなくてもいいか)

そんなよくわからないことを考えながら、私は再び走り出した。まずは、行けるところまで行ってみよう。

 

先ほどのリフト乗り場と同じくらいの斜度の激坂が続いた。確か、カーブの手前に少しだけ広くなっているところがあったはずだ。そこまではなんとか頑張ろう。

時折、ゴルフ場へと走る高級そうな車が脇を通り過ぎていく。なぜか無性に「ちぇ!」という気持ちになる。

カーブのところにきた。私は迷わずにロードを降りた。心臓がバクバクしている。

 

あと何kmくらいあるのだろう。どのくらい走ったのだろう。あまりの遅さに距離感がピンとこない。

確か「ホテルまで何km」の標識があったはずだ。リフト乗り場のところで「あと4.2km」だった。「あと3km」の標識はまだ見ていない。

すでに脚を2回ついてしまった(落車を防いだ2回は除く)が、とにかく上を目指して走るとしよう。

 

どのくらい走ったのかわからない。一番軽いギヤのまま黙々と脚を回し続けた。引き足を使い、なるべく大きく円を描くことを意識して脚を回す。

遥か遠くに赤い標識が見えてきた。きっと「あと◯km」の標識だ。少し気持ちが上がる。

はたして「あと3km」なのだろうか。もしかして「あと2km」なのだろうか。かすかに数字が見える。「3」にも言えるが「2」にも見える。

(「2」であってくれ!)

祈るような気持ちで、赤い標識に向かって脚を回した。数字が見えた。

「あと2km」

(よっしゃ!あと2kmだ!リフト乗り場から2km上ったんだ!)

一気に気持ちが浮き足立つ。(いや、脚はまったく浮くということはない) 

このまま「あと1km」の標識目指して走ろう。

 

しかし、走れども走れども「あと1km」は現れない。木々の間から、時折津軽平野が見える。あの白い円形は「平賀ドーム」だろうか。

(おかしい。確か「あと1km」の標識もあったはずだ)

そう思いながら必死に上ると、視界の遠くにピンク色の標識が見えてきた。

(あ、あれだ!)

必死に漕ぐ。ひたすら漕ぐ。現れた標識を確認した。

「雨池チャンピョンコース→」

スキーのコースの案内板だった…

 

だが、ここまで来れば、なんとか脚さえ廻してさえいれば頂上に着くはずだ。

デコボコの路面が現れる。確かゴールが近くなるとこんな路面があった。心なしか空も近くに見える。もしかしたら「あと1km」の標識はないのかもしれない。

それを確信し、私はダンシングでラストスパートをかけた。向こうに建物のシルエットが見えた。

(よし!頂上だ!)

私の気持ちは一気に浮き足立った。(脚はまったく浮くことはない)

最後のカーブを右に曲がると、頂上のリフトが現れ、その向こうにホテルが見えた。

「ヨッシャー!」

 

頂上のワイナリーホテル。

 

私はベンチのあるところまで行き、ロードを立てかけ、下界を見下ろした。

それにしても2回脚をついた(落車を防いだ2回は除く…)だけで、よく上ってこれたものだ。

脚はガクガク、心臓はバクバク。すべてを吐き出してしまいそうな気持ち悪さがこみ上げてきた。が、それを上回る気持ち良さが身体に充満していた。

街で見上げた青い空と流れる雲が、同じ目線にあった。そしてその真正面に美しい三角錐の岩木山があった。

 

津軽富士を望む

遠くに見える岩木山を見ながら、私は、かのオリンピック選手の名言を思い出し、呟いた。

「初めて(じゃないけど)、自分で自分を褒めたいと思います」

 

 


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