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2020-08-25

骨折闘病記 ④ 「手術」(左橈骨観血的骨接合術)


 

8月20日。手術室。

麻酔を打たれてから十数分経った頃だろうか。

目には見えないが、左腕のどこかを切開している感触があった。左腕は手術が始まった頃と同じように、肘を立てたままで施術されているような感じを覚えていた。

手首の真ん中辺りを先生がグイと押す。「うっ」と声を上げると「痛み感じますか?痛み止め打ちますね」と、麻酔とは別に痛み止めが打たれた。その後、次第に左腕の感覚はなくなっていった。

 

20年以上前に、下半身麻酔で虫垂炎の手術をしたことがあった(実は虫垂炎ではなく憩室炎だった)が、そのときは全身の震えが止まらなかった。

今回は左腕だけの麻酔だから大丈夫かと思ったが、やはり身体は震えだした。なぜ震えるのかはよくわからない。気持ち的には恐怖を感じているわけではない、が、身体が本能的に恐れを感じ震えるのだろうか。

看護師さんが私が震えているのを見て「寒いですか?」と聞いたので、「足の方が少し」というと、タオルをかけてくれた。

ときおり「痛み感じますか?」と、先生に聞かれるので、iPhoneのボリュームは最大にできない。結局、施術中の会話を遮ることはできず、耳元で奏でられるキングズシンガーズの音楽も、聴くというよりはBGMが流れているというレベルのものだった。

 

 

 

「今、超小型のカメラを入れています。見えますか?」

私の右上方向にあるモニターに、なにか赤いものや白いものが映っている。ときおり、巨大な金属が映る。

「この金属も実際はほんの1mmくらいですから」

100倍?ほどに拡大された手首の内部の画像を見ても、まるでリアリティがなかった。気持ち悪さは全くなく、水族館の暗い部屋でイソギンチャクかなにかの生き物を見ているようだった。

私はモニターを凝視するのを諦め、再び耳元の音楽に集中した。脚はまだわずかに震えていた。私は気持ちと身体を落ち着かせるために何度も深呼吸をした。

 

ほんの数分だけ眠っていたらしい。

聞いたことのない曲が流れていた。お気に入りのCDではあるが、最後までじっくりと聴いたことがなかった。いつも、好きな曲を数曲聴き終えると、すぐに違うCDに変えていた。

聴き覚えのない曲を2~3曲聴くと、キングズシンガーズのCDは終わった。1時間は経過したようだった。

 

右手にあるiPhoneを顔の前に持ってくる。次は何を聴こうか。

プーランクの難解な和音は、心が落ち着かないような気がした。多田武彦の男声合唱を選んだ。「タダタケ」の男声合唱は、気持ちを鼓舞してくれる。また叙情的な旋律は、ときに涙を流させてくれる。

1時間以上が過ぎ、私はもはや手術がどのようになっているのか、はたして順調なのか?まったく気にならなくなっていた。というよりも、気にしても疲れるだけで、気にするだけの気力もすでに失せていた。

あと2時間、すべて先生にお任せして私は音楽を聴こう。なにかしら、考えごとでもしてみよう。そう思いながら目を瞑ると、足の震えも収まっていることに気づいた。私は、ゆったりした気持ちで「タダタケ」の音楽の中に入っていった。

 

ふと気がつくと、「タダタケ」の名曲集も終わりに近づいていた。前半の好きな組曲は記憶にあったが、後半はおぼろげだった。いつのまにか、また眠ったらしい。

手術はどんなかんじだろうか。耳を傾けるとゴリゴリゴリとドリルのような音が聞こえる。もうすでに、左腕には何本かのボルトが突き刺さっているのだろうか。

ときおり、先生と看護師のやりとりの中で笑いが聞こえてくる。この雰囲気であれば、きっと順調なのだろう。私は少し気分を変えるために佐野元春を聴くことにした。

 

佐野元春といえば、多くの人が思い浮かべるの曲が『SOMEDAY』だろう。同名のアルバムもまた、ステキな歌が何曲も収録された人気のアルバムである。

私もこのアルバムは大好きで、だが曲は『SOMEDAY』ではなく、『Happy Man』や『ダウンタウンボーイ』が好きだった。20歳の頃、佐野元春を聴くだけで東京への憧れが日に日に強くなったことを今でもよく覚えている。 

この人気アルバム『SOMEDAY』の前にリリースされていた2枚のアルバムはどちらも好きで、特に最初のデビューアルバム『Back To The Street』には、サノモトの若く研ぎ澄まされた感性を感じる曲が多く、大好きだった。

(手術もそろそろ後半に差し掛かる頃だし、すこし気分を上げていこう)と、佐野元春を聴き始めた。

 

しかし、2曲目が終わったところで、突然、私の視界にT先生の顔が現れた。私は思わずイヤホンを外した。

「だいたい終わりましたから、私は先に失礼しますよ」

どうやら手術そのものは終わったようだった。意外にも早く終わったので、私は少し驚いたが、でもすぐに安堵の気持ちになった。

3時間というのも、手術そのものに入るための準備や、終わってからの処置などいろいろな時間を含めてのものなのだろう。

看護師らがてきぱきと片付けを始める。I先生は、手術中に何度か撮ったレントゲン写真を見ていた。

 

「左手、見てみますか?」

と看護師が言った。私が頷くと左側を遮っていたシートが外され視界が広がった。

 

首を左に傾けて、私はぎょっとした。

目の前には、むくんだ太いマネキンの腕がゴロンと横たわっていた。私の感覚では、左腕は肘を立てていたはずだ。

だが目の前には、まるで自分のものとは感じることのできない、しかし確かに私の「左腕」が、横たわっていた。

 

「触ってみますか?」

看護師がその腕を抱き上げて、私の胸元に持ってきた。私は起き上がり、「左腕」を右手で受け取った。それは驚くほど重く、そして熱い。

触られている(はずの)「左腕」の感覚はゼロだった。

やさしく抱くようにして、私は右手でその「赤ん坊」を抱きかかえた。その熱くむくんだ「赤ん坊」は、痛々しく哀れな、そして紛れもない私の一部だった。

 

  

 

「車椅子に乗りますよ」

私は、大切な「赤ん坊」をしっかりと抱きかかえながら、車椅子に乗った。

車椅子は「二人」を乗せながら、再びいくつもの自動ドアを通り抜けていった。

 

 

* 何年か後、今回のことを振り返るための備忘録として書いています。

(続きのブログ → 骨折闘病記 ⑤ 「手術当日の夜、激痛に襲われる」

(前回のブログ → 骨折闘病記 ③ 「入院」)

 

 

 


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