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2020-08-27

骨折闘病記 ⑤ 「手術当日の夜、激痛に襲われる」


 

8月20日。15時半。

車椅子のままエレベーターに乗り、病室のある5階に着くと、妻と娘が待っていた。

(大丈夫だよ)という表情を娘に向けると、娘も微笑み返してくれた。

 

病室に戻り、感覚のない左腕を抱きかかえながらベッドに横になる。横になった途端に、何かがゴロンと顎にぶつかってきた。「左腕」だった。

「何かがぶつかってきた」と表現しなければならぬほど、「左腕」の感覚はゼロだった。熱くむくんだ「左腕」を右手で持ち上げて腹のあたりに戻す。それにしても、なにか得体の知れないものを触っているようだ。

 

待合室で先生の説明を聞き終えた妻と娘が、病室に顔を出した。

コロナ禍では、本来面会やお見舞いは厳禁らしいのだが、術後の説明ということで許可をもらっていた。ただ、あまり長居はできない。少しだけ会話を交わして二人は帰った。

 

病室から見える風景

 

 

夕食は出るらしい。さて、それまでの時間、どうしようか。

無事に手術も終わったようだし、わずかな時間ではあるが、自分だけの自由な時間。

「念のために」と、推理小説を持ってきていたことを思い出した。アガサクリスティの『開いたトランプ』という本だった。

「オススメの推理モノない?」と訊いたら、妻がその本を貸してくれた。(病室で推理小説を読むというのも悪くないな…)と、少しワクワクした気分になりながら、右手片手で1ページ目をめくった。

と、その時。 ゴロン!! と何かが顔に落ちてきた。

腹の上に置いていた「左腕」だった。

 

私は本を読むことを諦めた。

片手だけで読むということも、かなり難しいと感じたが、制御の利かない「左腕」をほうっておいたまま、読書などできない。

左脇腹のヨコに置いておくこともできるが、パンパンにむくんだ「左腕」は、なるべくなら心臓よりも上の位置にあったほうが良いらしい。

私は、大切な「左腕」を抱きかかえながら、静かに目を瞑った。

  

 

 

8月20日。21時。

夕食を食べた後は、点滴をしながらずっと眠っていた。やはり、3時間近くに及んだ手術は、心身ともに疲れたのだろう。

消灯となった21時頃。うっすらと麻酔が覚めてきたことを感じ始めた。おそらく、さっきまでは麻酔が効いていて痛みを感じなかったので眠れたのだ。

「左腕」のいろんな箇所が疼きだす。骨が折れた箇所の痛みもあれば、健康な骨にボルトを打ち込んだ痛みもある。穴の開いた皮膚の痛みもある。

時間の経過とともに、「左腕」の中からも表面からも、指先からも二の腕からも、なんともいえぬ痛みが襲い始めてきた。

 

8月20日。23時。

麻酔はほぼ覚めていた。しかし「左腕」の感覚は完全には戻っていなかった。感覚は戻っていないのに、なぜが痛みは増していた。

「どんな感じですか?」 看護師が様子を見に来た。

「けっこう痛くなってきました」「1時間後にまた来ますが、もしどうしても我慢できなかったらナースコールのボタンを押してください」

右肩のあたりに、いつでも押せるようにボタンを置いた。

しかし、すぐに後悔した。躊躇せずに、その場で「我慢できないほど痛いです」と言えばよかった。

(1時間したら来てくれるのだから、少しは我慢しよう)(いや、結構痛いかも)(いや、ちょっと頑張ろう)(やべ!いで!)

私は耐えきれずにボタンを押した。すぐに看護師さんが来て、痛み止めの点滴に変えてくれた。これで少しは楽になるかもしれない。

 

 

 

8月21日。3時。

全然楽になっていなかった。

いや、点滴をしていなければ、もっと痛いのかもしれない。とにかく、骨なのか筋肉なのか皮膚なのか、どこが痛いのかさっぱりわからぬが、左腕の全てが激痛の塊となっていた。

看護師さんが回ってきた時に訴えた。しかし、点滴は先程したばかりなのでダメらしい。

「座薬をさしましょうか」

もう、座薬でもなんでも、少しでも痛みが和らぐならお願いします!でも、看護師さんに座薬をさしてもらうのは申し訳ない。

「あの、私がやりま…」

「はい、パンツおろして〜!はい!ズブっ!」…早業だ。

現在のコロナ禍でもそうだが、こうして昼夜関係なく人々のために働いている医者や看護師さんて、本当にスゴいと思う。

でも僕らのような洋服屋や、街の飲み屋さんが、次元の低い職業なのかといえば、そうではないと思う。

医者や看護師さんも、素敵な洋服を着たり、美味しいものを食べることで、日々の大変な労働のバランスをとることができるのだ。

いや…MTBで転倒して大怪我をして、家庭や職場に迷惑をかけている自分が、そんな偉そうなことを語っている場合ではない。早く寝て、早く治そう。

 

襲い来る眠気と、それを妨げる恐ろしい激痛と、それを和らげる座薬の効果によって、私の頭と身体はぐわんぐわんになっていた。

カーテンの向こうが、明るくなり始めていた。

 

* 何年か後、今回のことを振り返るための備忘録として書いています。

(前回のブログ → 骨折闘病記 ④ 「手術」(左橈骨観血的骨接合術))

 

 


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