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2020-08-30

骨折闘病記 ⑥ 「退院」−Back To The Street−


 

8月21日。

この日の朝、初めて包帯をほどいた自分の左腕を見た。

金属の棒がグサグサと何本も刺さっていて、武器のようなものが装着されている。ちょっとグロすぎるので、画像をUPするのはヤメといた方が良さそうだ。

「まだ、けっこう痛みますか」「痛いです」「じゃあ、もう一日入院しましょう」

と、担当の I先生の一言で、一泊の入院予定が、二泊へとあっさり変更になった。

 

見舞いや付き添いが禁じられている昨今。一人のんびりと過ごすしかない。いや、「のんびり」なんて書くと、ちょっと楽しそうに聞こえるかもしれない。「のんびり」したいのは山々なのだけれど、痛くてできないのです。

麻酔の切れた左腕は、ズンズン、ジンジン、ジクジクとザ行オノマトペのオンパレード。

片手でアガサクルスティを読むのは、すでに諦めた。そういえばベッドの左脇に設置されているテレビも、まだ一度もスイッチを入れてなかった。

テレビと冷蔵庫を使用するためのカードは購入しておいたのだが、テレビを見るには位置を動かさなくてはならない。この身体の状態では、なかなか難しい。

それ以前に、そもそもテレビを見る気力がなかった。ここ最近は、見るとしてもニュースくらいだが、それも昨今のコロナ一色。今のこの状態では、とても見る気がしなかった。

 

午前中、別の先生が回診にきてくれたときに、左膝の抜糸をしてくれた。

これは、怪我直後に、J整形の先生が縫合してくれたのだが、日数も経っていたので処置してもらった。手首の骨折とは別の箇所ではあったが、それでも抜糸されたというだけで、少しだけホッとした気持ちになる。

 

そうこうしているうちに、あっという間に昼食の時間になった。

入院中5回あった食事だが、これが一番嬉しかった!の「カレーライス」

 

 

誰もが食べやすい味にしてるので、当然本格的な辛さではない。でも、健康な人たちと同じような食事をしているような気持ちになった。

 

昼食を食べたあと、病棟を少しだけ散歩。

反対側の廊下を歩くと、35年ほど前の自分が過ごした学舎が見えた。あの頃に比べると、随分とキレイな建物に変貌している。

 

 

その大学時代にお世話になった恩師村上先生の作品をもう一度見ようと、エレベーターで1階まで降りた。

手術に立ち会ってくださった病院長のT先生に聞いたら、「この病院にいらした〇〇という先生が寄贈してくれた」のだそうだが、麻酔を打たれた状態で聞いたので、記憶もあやふやだった。

そして、村上先生の作品とともに、岩井先生の作品も飾られてあった。最初に入った研究室の先生と、卒業させてくれた先生の「二つの作品」に見守られていたとは、なんとも幸せ者である。

 

5階のフロアに戻り、食堂フロアにある自販機でアイスコーヒーを買った。日頃から愛飲するコーヒーだが、なぜか凄く久しぶりに飲んだような気がした。

病室に戻り、ベッドに横たわる。昨夜はほとんど眠れなかったので、ひどく眠気が襲い始めていた。昨夜のように、左腕が痛んで眠れないかもしれないが、今は目を瞑ろう。

 

午後は思ったよりも眠れたようだった。晩御飯のあとも、まだ寝足りなかったのか、しばらく眠りに落ちていた。

消灯時間の9時を過ぎたあたりに、看護師さんが様子を見に来た。今夜は点滴はないらしい。

午後から随分と眠ったせいか、目が冴えている。消灯していることだし、音楽でも聴こうか。そうだ、手術のときに、最初の2曲しか聴かなかった佐野元春を聴こう。

 

『Back To The Street』 街へ帰ろう

 

『Back To The Street』の3曲目『情けない週末』から聴く。

都会を描き出す言葉のひとつひとつに、まだ20代だったサノモトの感性を感じる。そして、その言葉ひとつひとつに憧れた、20代になったばかりの自分を思い出す。

5曲目。『グッドタイムス&バッドタイムス』

この曲を聴きたいがために、iPhoneに入れてきたのだった。佐野元春には多くのヒット曲があるけれど、私はこの少しマイナーな『グッドタイムス&バッドタイムス』が一番好きだった。

…………………………………

まともにやろうとして
くじけてしまう時
この濡れた街並が 一度に淋しくなる

Good times & Bad times 答求めて
Good times & Bad times さがし続けて
ウインクの数 またひとつ増えてゆく

(佐野元春『グッドタイムス&バッドタイムス』より)

…………………………………

「一生懸命やろうとしても、うまくいかないこともある。希望を持っていれば、知らぬ間にうまくいくこともある。人間生きていれば、いいことも悪いこともあるさ」

 

知らぬ間に、涙が溢れていた。

消灯した4人部屋の病室で、ひとり、声を抑えながら泣いていた。

 

8月22日。

自由の効かない左腕を三角巾でかばいながら、私はバッグにタオルや着替えを詰めていた。

完治しての退院ではないので、特別めでたいというわけではない。帰れば、これまでと変わらぬ日常…いや少しばかり不自由な日常が待っている。

それでも、自分の家で過ごし、自分のベッドで眠る方が良い。迎えに来てくれた娘の顔を見て、そう思った。

 

猛暑が続いていた弘前だったが、この日はいくぶん暑さも和らいでいた。それでも、快適な病室とはうってかわって、空気はじっとりと蒸している。

私は、その少しだけ不快な空気を、思う存分吸い込んだ。

 

* 何年か後、今回のことを振り返るための備忘録として書いています。

(前回のブログ →  骨折闘病記 ⑤ 「手術当日の夜、激痛に襲われる」

 

 


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