親父の命日
骨折してから4週間。
この期間は、自分のための忘備録として「骨折闘病記」ばかりを書いていた。
当然、チャリのことは書く気も起きず、写真のことも頭から抜けていた。写真を特集していた雑誌「pen」は買ったけど、まともに読んでいない。
そういえば、毎年必ず応募している『岩木山フォトコンテスト』のことも、すっかり忘れていた。岩木山ツーリングの帰りに骨折したのだから、今回の応募は素直にお休みしよう。
ラーメンの食べ歩きもしていない。8月の初めにダイエットを宣言したが、その直後に怪我をしたこともあって、とりあえずカロリー抑えめの幾分健康的な食事にシフトしている。1kg は痩せたと思う。
左手が使えなくても、これまでと同様にできていることがあった。それは音楽を聴くことだ。
左脚、左腕、と怪我をしたが、幸い左耳は大丈夫だったので、両耳にイヤホンを差し込むことはできる。歌仲間が沢山の楽譜を送ってくれた。久しぶりに楽譜を眺めながら聴いている。
現状では、ほとんどのコンクールが中止になっているが、きっといつかは再開される。そのときのために、少しずつ練習しようと思う。
それにしても。自分のブログに、1ヶ月もの間、チャリのことも写真のことも、そしてラーメンのことも書いていないのは初めてのことだ。
いや、他人からしてみれば別に大した問題ではない。しかし、ひとつのことだけを書き続けたことは、自分にとって大きな出来事だ。なにかエポックメイキングな出来事になるかもしれない。
漠然と時を過ごすことはしたくない。この先の、決して長くはない人生において、「何かをする」ためのキッカケにしたい。
「何か」が何なのか、今はわからない。「何か」が、時折ぼんやりと見えかけるけれど、すぐに消え去ってしまう。
9月3日は、親父の命日。
9月だというのに、気温37度とありえない予報が出ている。どのみち、この身体では墓参りにいくこともできない。
「いまの自分は、何を考え、何をしたらいいのだろうか」
自分のベッドのすぐ脇にある小さな仏壇に向かいながら、親父とゆっくり話をしてみようか。
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