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2021-03-11

百円の「駅の生そば」


 

たまに「駅の生そば」が食べたくなる。あのぷつぷつと切れる津軽そばを食べたくなる。そんな時は、迷わず弘前の駅に向かう。

 

食券の自販機の前で、初老の男性が何度もお金を投入していた。

お金を入れては、お金が戻ってくる。自販機の調子が良くないのだろうか。私はおじさんの後ろで少しイライラしながら順番を待っていた。

ようやく食券が買えたらしく、おじさんは店の中に入っていった。

 

私は自販機を前にして、迷わずに「山菜そば」のボタンを押した。弘前の駅で生そばを食べる時は、「天ぷらそば」か「鰊そば」か、この「山菜そば」と決まっている。

しかし、この日は天ぷらも食べたかったので、天ぷらをトッピングし「山菜&天ぷらそば」にした。駅のそばとしては、ちょいと贅沢。

ボタンを押そうとすると、入れたお金が戻ってきた。あれ?と思い、再び投入するも、また戻ってくる。

そうか、さっきのおじさんもこんな感じだったのだ。さっきまでイライラしていた自分を恥じた。

 

戻ってきたお金を手にして、「ん?」と思った。自分が入れたお金よりも百円多いような気がした。が、あまり気にもとめず再びお金を投入すると、今度は無事に食券が買えた。

私は店内に入り、「山菜そばに天ぷら、お願いします」とカウンターに食券を置いた。

 

席に着いたは良いが、さっきの百円が気になった。もしかしたら、あのおじさんが取り忘れたものかもしれない。でも、自分の気のせいかもしれない。

どうしよう?と思っていたら、「山菜そばに天ぷら、お待ちどうさま〜」と呼ばれた。「駅の生そば」は、1分ほどで出来あがる。

私は、一味をふりかけて、そばをすすった。が、どうにも味がよろしくない。

 

店内を見渡すと、満席だった。さっきのおじさんと思しき男性が、一番奥の席でそばを食べていた。

目の前のそばを一口すすろうと思ったが、箸をおいて席を立った。

 

「おじさん」

奥でそばを食べているおじさんの肩を軽くトントンと叩いて声をかけた。おじさんはギョっとして私を見返した。

「自販機にあった百円、おじさんのじゃないですか?」

おじさんは、ふっと笑顔になり「ああ、ありがとうございます」と言って、私の手から百円を受け取った。

 

こんなことを書くと、「良いことをしましたね」と言われたりするかもしれないが、決してそんなことはない。ただ単に不味いそばを食べたくなかっただけだ。

いや、むしろ、食券を買うときに、すぐにおじさんに声をかけなかった自分が恥ずかしかった。もしかしたら、(ほんの百円だから別にいいか)という邪な考えがどこかにあったのかもしれない。

しかし、そのほんの百円の存在は、食べたかった「駅の生そば」を美味しく食べることを拒む百円になるかもしれなかった。

 

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忘れることのできない、あの震災から十年が経った。

「早く高いところに逃げよう!」

まわりにいる人が知らない人ばかりであったとして、そうやって大きな声を出せる人でありたい、が…今の自分に、それができるだろうか。

 

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山菜&天ぷらそば

 

 

席に戻った私は、再び「山菜&天ぷらそば」を食べた。

とても美味しいそばになっていた…ということはなくて、いつものぷつぷつと切れる、いつもの「駅の生そば」だった。

 

 

 

 

 

 


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