骨折闘病記 最終回 「復活ライド」〜早春の岩木山神社〜
7ヶ月半ぶりに廻すペダルは、思いの外、重くはなかった。
(久しぶりに走れる)という思いが、そう感じさせたのだろう。
前日に定期検診を受けた。手首の筋に多少の痛みは残っているし、中指も相変わらず曲がりきらない。
それでも、「だいぶ良いですね。定期的な診察は今日で終わりにしましょう」と、担当の先生が言った。先生の言葉が後押ししたのだろうか、ふと走ってみようと思った。
一年の走り始めと走り納めは「岩木山神社」と決めている。奇しくも、2020年の走り納めは8月初めの岩木山神社となった。
あの日以来、自転車で走ることは勿論、運動をすることはほとんどなく、筋力も心肺も低下していることは明白。それよりも自分が危惧していたのは「また、前のように走れるのだろうか」という思いだった。
左腕や左手中指がうまく使えるかという不安…それも確かにあったが、それ以上に「落車することなく、事故を起こすことなく走れるだろうか」という精神的なものだった。
その思いを払拭するために、あの日と同じコースを走る。
岩木川を越えると、ポツリポツリと雨がこぼれ出した。しかし、今日は雨が降ろうが関係ない。グルメをするわけでもないし、絶景写真を撮るわけでもない。
あの日と同じコースを走るだけ。それだけである。
例年の3月下旬であれば、路肩にまだあるはずの残雪がまったくない。幾度かのドカ雪があった今シーズンだが、トータルとしては小雪だったのだろうか。
百沢に向かうバイパスに入る頃になると、雨脚が強くなってきた。でも、今日は雨が降ろうが関係ない。
ハンドルを持つ左手首の筋に少し痛みを感じる。痛みが無くなってきたとはいえ、同じ格好のまま長時間というのは、左手の筋にはかなりの負荷がかかる。
ママチャリ並みのスピードではあったが、なんとかバイパスの上りを終えると、右手に岩木山が大きく見えた。

いつもの場所で
雨が降っているせいか山頂付近は雲覆われていたが、左右の稜線はくっきりと見えた。百沢に入ると、ところどころに残雪がある。しかし、やはり雪は少ない。
岩木山神社に向かう真っすぐの道を走る。あと少しだ。
脚に負荷をかける。最後のカーブをググッと曲がり上りきると、岩木山神社の大きな鳥居が目の前に現れた。
私は鳥居の前まで進み、MTBを立てかけて、視線の向こうにある社殿に向かって手を併せた。

雨の岩木山神社
トマトジュースを飲み干し、すぐ復路につく。
あの日も落車したのは復路だった。復路は下り基調なので、体力的には楽だが集中が必要だ。あの日の落車も自分の不注意が起因した。
いつもならばブレーキはほとんどかけずに一気に下りきるが、今日は少しずつブレーキングしながら慎重に下る。
それでも少しスピードが上がると、前輪から泥水が跳ね上がってきた。
坂を下りきり、岩木の旧道に入る。
あの日の、あの場所が近づいてきた。赤いレンガのある家のところだ。身体も心も緊張しているのがわかる。
あの日と同じように、後ろに車がいる。あの日は、歩道に乗り上げようとしたときに、前輪がロックし落車した。
私は後ろの車を気にすることなく、赤レンガのある家の前を通り過ぎた。ちらと一瞬だけ、赤レンガを見た。
何か、特別な思いがこみ上げてくるかと思ったが、そんなことはなかった。
相変わらず、雨が降っている。本降りになっていた。
ヘルメットの中から、雨雫がしたたり落ちてくる。わずかに、汗のしょっぱい味がした。
帰宅する頃には、身体が冷え切っていた。最近、暖かくなったとはいえ、3月の雨はさすがに冷える。熱い湯をためた風呂に、全身を埋めた。
果たして、自分が抱えていた不安は払拭できたのだろうか。正直、よくわからない。
「復活ライド」と言えるほどの走りではなかったが、無事に帰ってくることができた。これを繰り返せば、いつかまた前のように走れるようになるだろう。
風呂に浸かりながら、左腕も揉む。久しぶりのライドで、さすがに左腕の筋肉に張りがあった。
しかし、もっとも痛かったのは左腕でもなければ、太腿でもなく、ケツだった。プリ
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