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2021-06-15

ツール・ド・ツガル / 鯵ヶ沢① 〜ネックレスロードから鯵ヶ沢港〜


走行距離が何kmくらいなら、ロングライドと言えるのだろう。

それは人によっても違うだろうし、どんな自転車でどんな走り方をしているか、にもよるだろう。ママチャリでご近所を走っている人ならば、30kmでもかなりの長距離だ。しかし、そもそもママチャリに乗る人はロングライドという言葉は使わない。

ロングライドという言葉は、スポーツバイク(ロードバイクやMTB)に乗っている人が主に使う言葉だから、そういう意味で言えばロングライドは100kmというのが一般的な目安だろうか。

 

 

Facebookを見ていると、「◯年前のこの日の思い出を見る」という過去の記事が出てくる。

先日の6月11日。9年前に初めて100kmを走ったときのことがタイムラインに出てきた。弘前から弥生に上り、ネックレスロードを走り鯵ヶ沢へ。その後、木造・五所川原を経由して弘前へ。という100kmのコース。

それは、亡き親父の生家(鯵ヶ沢小の畑)、9年前まだあった自分の実家、そして亡き母の生家(木造菰槌)を回るという自分のルーツを巡るツーリングだった。

生まれ育った町や亡き両親の生家を自分の足で走り巡った…ということに万感の思いが込み上げ、はからずも涙を流してしまった。さらに初めて100kmを走破したということもあり、その達成感はこれまで味わったことのないモノだった。

 

今となれば、その日のことは思い出のひとつに過ぎず、100kmライドもそれほど特別なことでもない。

それでも夏が近づくとロードで鯵ヶ沢へ行ってみたくなる。弘前鯵ヶ沢の往復は70〜80kmなのでロングというには少々短いが、リハビリライドの今シーズンは、まだ50km以上を走っていなかった。

 

弘前の郊外にある温泉を拠点にして、鯵ヶ沢に向かって走り出した。9年前と同じように、石渡からやまなみロードを経由し弥生へと向かう上りを走る。6月としてはかなり気温が高い。早くも汗をかきはじめた。

岩木山の姿がだんだんと近づいてくる。それほど急勾配の路はないが、思いのほか岩木山環状線=ネックレスロードに辿り着かない。すぐに着くイメージがあったのだが、歳とともに記憶も都合の良いように書き換えられているらしい。

ようやく青い標識が姿を見せる。ネックレスロードは、長平までは緩やかな上りや下りを繰り返しながら続く。

岩木山を間近に見ながら一周する路なので、左手に見える岩木山はどんどん姿形を変えていく。

 

ネックレスロードから

 

五所川原から見える岩木山は見事な三角錐をしている。しかし、ネックレスロードで五所川原と同じ方角から見たとしてもその形は同じではない。

確かに三角の形はしているが、少しいびつで、平べったい。遠くから見るのとは違い、山の中腹から見上げているからだ。

そんな次から次へと形を変える岩木山を見ながら走る…が、長平にはまだ着かない。あっという間に着くイメージだったが、これも勝手に記憶を書き換えているのだろうか。まあ、走りが遅くなってるのは間違いない。

 

 

いきなり、路肩に何かの塊が見えた。

(ん?跳ねられた動物か?)

塊に近づくと、それはこげ茶色のタオルのようなモノだった。

20mほど走ると、また何かがあった。今度は、プリントのTシャツだった。

(一体何なのだろう?)

もう20mほど走ると、またもや何かがあった。今度は黒っぽいトレーナーだった。

(え!?一体何だ?こ、怖い…)

幸い男物の衣類だったので事件性は無さそうだ。服を脱ぎ捨てた彼は、自然と戯れているのかもしれない。

そんな恐怖体験を味わっているうちに、鯵ヶ沢の標識が見えた。

 

9年前は、この長平からキツい坂を上った後、松代集落へと下りたが、この日は長平から一気に中村集落まで下る。ここまで来ると鯵ヶ沢の海はすぐそこだ。

中村川沿いを走る。小さい頃に遊んだ河原や鉄橋を走り過ぎる。

感傷に浸る間もなく、港まで走った。

 

鯵ヶ沢港 「たきわ」

 

前回は満席で入れなかった「たきわ」だったが、この日は無事に昼飯にありつけそうだった。三組ほどの客がいたが、多くの人がウニやヒラメの二食丼や三食丼を注文していた。

自分も走る前はウニ丼に気持ちは動くのだが、走ってしまうと何故かいつもの「かま焼」が食べたくなる。バーナーで焼いた、あの豪快なかま焼は、脂がのって食欲をそそる。

 

かま焼き定食

 

「平日はご飯のおかわり何杯でもいいよ〜」と女将さんが言う。

あんまり食い過ぎると復路がキツいので遠慮しようと思ったが、かま焼のボリュームがありすぎて、結局おかわりしてしまった。

 

「ごちそうさまでした!また来ます!」と外に出ると、ご主人も一緒に出てきた。

「新しく作ったんですよ」

と、ご主人が店の脇の方に案内してくれた。新しいサイクルラックがあった。弘前をはじめ、各方面からのチャリダーがたくさん訪れるようになったのだろう。

「気をつけて。また来てください!」

ご主人に見送られて、鯵ヶ沢の港を後にした。

にしても、腹がちゅえ。

 

 

 

 


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