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2022-03-19

空虚な時間 ①


 

今頃は、福島市のホテルでワインを飲みながら、心地の良い緊張感を味わっているはずだった。

翌日のステージで歌う曲を、幾度も頭の中でリピートしながら、眠れぬ夜を味わっているはずだった。

 

17日の夜中。

ノートパソコンを見ていた私は、気持ちの悪い揺れを感じた。

宿題を終えることができず、床に寝てしまったいた娘を叩き起こす。

「起きて、地震!」

 

これほどの長い時間、揺れていたのは11年前のあの日以来かもしれない。

眠そうな目をこすりながら、娘がテレビを点ける。

宮城と福島で震度6強。

なんとも言えぬ、ざわついた感覚が心を覆い始めた。

 

翌朝、ピロンとメールの音で目が覚めた。長谷川さんからのメールだった。

「おはようございます。昨日の地震の影響により、アンサンブルコンテスト全国大会が中止となることが福島県文化振興課より発表されましたので、取り急ぎお知らせします」

(え…嘘だろ)という思いと、(やっぱりか…)という思いが交錯し、私の頭は混乱した。混乱したのは寝起きだったからかもしれない。

私は冷静に考えることが面倒になり、何も考えずに再び眠ることを選んだ。

 

声楽アンサンブルコンテストで1位を獲得したApioは、福島で開催される全国大会の切符を手にしていた。

実は、Apioは昨年も全国大会へ出場したのだが、その時はコロナの感染状況がひどくなり始めていた頃で、私は参加を断念したのだった。

もちろん今年も決して安心できる状況ではなく、一般客は入れずに開催するという条件がついていた。

それでも、昨年参加できなかった自分としては、今回のステージにかける思いはそれなりに強かった。

それに、妻が旅立ってからは、Apioのメンバーと一緒に歌うということは、自分にとって救われることであった。

大袈裟に言えば「生きている」ことを実感できる場所と時間でもあったのだ。

 

「自分を表現する場所と時間」を失った。

3日間という空虚な時間が目の前にある。そういえば、3連休を取ったのはいつ以来だろう。記憶がない。

休むことをやめて、仕事を選択することもできたが、私はそのまま休みにした。

しかも福島へ移動するために、土曜日は仕事を15時までにしていた。

つまり、何も予定のない「3日間と半日」という空虚な時間が目の前にあるのだ。

 

この「3日間と半日」が、このまま空虚な時間で終わるのだろうか。

いや、空虚なことって、そんな良くないことなのだろうか。

 

空虚という無駄を楽しんでみたらどうだ。

緻密にスケジューリングをすることもなく、無駄に過ごしてみたらどうだ。

あてもなく彷徨ってみたらどうだ。

無駄が「無駄だったかどうか」は、誰にもわからない。何年後かにわかるかもしれない。

死ぬ間際に、「ああ、あの日が人生のエポックメイキングだったのか…」と悟るのかもしれない。

 

私は机の上にあったCDを10枚ほど鷲掴みにして、トートバックに放り込んだ。

そのまま車に乗り込んで、南へ向かった。

 

 

トートバッグからCDを一枚取り出した。

ボリュームの+ボタンを5回くらい押した。

ピンクの車は、山下達郎のハイトーンを鳴らしながら、雨の中を南へ走った。

 

 

 


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