空虚な時間 ①
今頃は、福島市のホテルでワインを飲みながら、心地の良い緊張感を味わっているはずだった。
翌日のステージで歌う曲を、幾度も頭の中でリピートしながら、眠れぬ夜を味わっているはずだった。
17日の夜中。
ノートパソコンを見ていた私は、気持ちの悪い揺れを感じた。
宿題を終えることができず、床に寝てしまったいた娘を叩き起こす。
「起きて、地震!」
これほどの長い時間、揺れていたのは11年前のあの日以来かもしれない。
眠そうな目をこすりながら、娘がテレビを点ける。
宮城と福島で震度6強。
なんとも言えぬ、ざわついた感覚が心を覆い始めた。
翌朝、ピロンとメールの音で目が覚めた。長谷川さんからのメールだった。
「おはようございます。昨日の地震の影響により、アンサンブルコンテスト全国大会が中止となることが福
(え…嘘だろ)という思いと、(やっぱりか…)という思いが交錯し、私の頭は混乱した。混乱したのは寝起きだったからかもしれない。
私は冷静に考えることが面倒になり、何も考えずに再び眠ることを選んだ。
声楽アンサンブルコンテストで1位を獲得したApioは、福島で開催される全国大会の切符を手にしていた。
実は、Apioは昨年も全国大会へ出場したのだが、その時はコロナの感染状況がひどくなり始めていた頃で、私は参加を断念したのだった。
もちろん今年も決して安心できる状況ではなく、一般客は入れずに開催するという条件がついていた。
それでも、昨年参加できなかった自分としては、今回のステージにかける思いはそれなりに強かった。
それに、妻が旅立ってからは、Apioのメンバーと一緒に歌うということは、自分にとって救われることであった。
大袈裟に言えば「生きている」ことを実感できる場所と時間でもあったのだ。
「自分を表現する場所と時間」を失った。
3日間という空虚な時間が目の前にある。そういえば、3連休を取ったのはいつ以来だろう。記憶がない。
休むことをやめて、仕事を選択することもできたが、私はそのまま休みにした。
しかも福島へ移動するために、土曜日は仕事を15時までにしていた。
つまり、何も予定のない「3日間と半日」という空虚な時間が目の前にあるのだ。
この「3日間と半日」が、このまま空虚な時間で終わるのだろうか。
いや、空虚なことって、そんな良くないことなのだろうか。
空虚という無駄を楽しんでみたらどうだ。
緻密にスケジューリングをすることもなく、無駄に過ごしてみたらどうだ。
あてもなく彷徨ってみたらどうだ。
無駄が「無駄だったかどうか」は、誰にもわからない。何年後かにわかるかもしれない。
死ぬ間際に、「ああ、あの日が人生のエポックメイキングだったのか…」と悟るのかもしれない。
私は机の上にあったCDを10枚ほど鷲掴みにして、トートバックに放り込んだ。
そのまま車に乗り込んで、南へ向かった。
トートバッグからCDを一枚取り出した。
ボリュームの+ボタンを5回くらい押した。
ピンクの車は、山下達郎のハイトーンを鳴らしながら、雨の中を南へ走った。
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