ツール・ド・ツガル / 鯵ヶ沢町新庁舎にて失態を犯ス
もわっとした熱気の中を走っていた。
時おり風を感じると涼しいが、それは同時に向かい風となる。なんとも悩ましい。
戸籍謄本が必要になり、本籍のある鯵ヶ沢へ行かなければならなかった。
マイナンバーカードやらナンたらカードが普及している昨今なのに、普段住んでいる街で戸籍謄本が取れないとは、なんと不便な国なのだろうか。
便利そうで不便。多くの国民にカードが浸透しないのも頷ける。
ただ、そんな書類ひとつをわざわざ取りに行くのも面倒だし、ガソリン代ももったいない。
そうだ、ロードで行こう。ツーリングも楽しめるし、グルメも楽しめるゾ。
でも、ベロベロに汗をかいたジャージ姿で役場へ行けば、窓口の女性に通報ボタンを押されてしまうかもしれない。
なるべく地味なTシャツを着て、カツカツと音のするヴィンディングシューズはやめてスニーカーにしよう。
汗だくになることは必至だったので、ハンドタオルを2枚、ウェストバッグに入れた。
それと、ラーメンを食べるために二千円ほどを入れた小さな財布を忘れずに。
紐のあるスニーカーは危ないので、アディダスのベルクロスニーカーを履いて外に出た。
それにしても暑い。
スニーカーだと引き足が使えないので、嶽や弥生の上り坂ルートは避け、高杉〜鬼沢ルートを走る。
この暑さだと復路はシンドイに違いない。行きはなるべくゆっくり走ろう。
ツーリングというよりは、ダイエットと考え走ろう。
この数ヶ月で、身体はだいぶ成長していた。
いつものツーリングより、プラス30分ほど時間がかかっただろうか。
ようやく鯵ヶ沢の海が視界に入ってきた。
幾分、涼しい気がする。
坂を上りきると、鯵ヶ沢町役場が姿を現す。
昨年完成したばかりの新庁舎だ。なかなかモダンで美しい。

鯵ヶ沢町新庁舎
かつての役場は、海のすぐ近くに建っていた。
しかし、かなりの年月が経っていて老朽化も進んでいた。何よりも地震や津波から町の中枢を守る必要があった。
新しい役場は、丘の上に新しく建てられた。
この場所には、かつて私が3年間通い続けた鯵ヶ沢第一中学校があった。
30分以上もかけて歩いたっけ。
あれから半世紀近くの時間が経っている。
役場の外のベンチでひと休み。ハンドタオル2枚を駆使して汗を拭う。
少し汗が引けたところで、中に入る。庁内も清潔感があってとてもキレイだ。
私は窓口には向かわずに、そのまま2階へと階段を上った。
2階のギャラリースペースで写真展が開催されていた。

鯵ヶ沢写真クラブ「点描」
写真展というよりは「ミニギャラリー」といった趣だが、鯵ヶ沢をテーマにした作品が10点並んでいる。
一番左のモノクロは私の作品だ。
「オメも鯵ヶ沢出身だはんで、一緒にやるべ」と高校の時の先輩に誘われ、ときどきこのような写真展に参加している。
普段住んでいない町の庁舎に自分の作品が展示されているのは、なんとも変な気分である。
再び1階フロアに戻り、一番手前の窓口にいた女性に話しかけた。
「戸籍謄本、取りに来たんですけど…」
「あ、こちらへどうぞ〜」
と、隣の窓口に案内された。
このとき、ふと不安がよぎった。
「すいません…弘前に住んでいる者なんですが、謄本取るにはマイナンバーカードとか必要ですか?」
「そうですね。身分を証明するモノとしてマイナンバーカードが必要です。運転免許証でもいいですよ」
どっぷりとかいた汗が引けたばっかりだったのに、再び変な汗がジワッと出てきた。
なんたる失態。
マイナンバーカードも免許証も持ってきていなかった。
ウェストバッグの中には、ぐっしょり濡れたタオル2枚、携帯電話、ラーメン代が入った小さな財布…だけだった。
「それ、無いとダメですか?」
「そうですね…すいません」
昔は、申請書に記入すれば取得できたはずだったが、現在はシステムが変わり、身分証明ができなければダメらしい。
「わかりました。改めて来ます」
窓口の人は(弘前から来たのに、なんで免許証が無いのだろう…?)そう思ったに違いない。
そりゃそうだ。鯵ヶ沢の役場に、町外から自転車で来るのは私くらいだろう。
マイナンバーカードがあっても住んでいる街で戸籍謄本が取れないのに、
マイナンバーカードがなければ生まれた町では戸籍謄本が取れないなんて…
一体、この国は…
いや、アホなのはこの自分。
役場からバイパスを下り、新しくできたラーメン屋へ向かった。
鯵ヶ沢に新しくできた喜多方ラーメンの店らしい。(ラーメンの話は後日)
戸籍謄本を取るという第一の目的は達成できなかったが、ダイエットライドとラーメングルメという第二、第三の目的は達成できるのだ。
それで十分ではないか。鯵ヶ沢はいつでも来れる。
無理矢理プラスに考え、
私はラーメンを食べた後、はまなす公園に向かった。
海水浴場には何組かの家族連れやカップルがいたが、昔ほどの賑わいはなかった。

はまなす公園
私は芝生に座り、しばらくの間、夏の海を眺めていた。
そして思った。
「次来るときは、車で来よう」
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