ツール・ド・ツガル / 追悼ライド『暴風の竜泊ライン ①』
(あの日も風が凄かったな)
道の駅「十三湖高原」に車を停め、北に向けてロードを走らせた。海が近づくにつれ、日本海からの向い風の音が強くなる。風力発電の風車が、ゴーゴーと音を立てて回っていた。
坂を下りきり、脇元という集落に入ると、視界の向こうに権現崎が見えてくる。青空は見えているが、海は荒れていた。
9年前の11月。私は妻と一緒に、この道を走っていた。
弘前から外ケ浜町へ荒涼とした北津軽を走る国道339号線。とくに十三湖から龍飛崎にかけては「竜泊ライン」という名で知られる。
昨夏、妻が亡くなってから、かつて一緒に走った路を独り走っていたが、まだ走れていないルートが二つ残っていた。そのひとつが「竜泊ライン」だった。
脇元海岸を過ぎると、長い坂に差し掛かる。
「竜泊ライン」といえば、この国道の最高地点である「眺瞰台(ちょうかんだい)」へ上る激坂がチャリダーの間ではよく知られる。
しかし「竜泊ライン」には、この激坂に辿り着くまでの間にいくつもの峠があるのだ。標高100m前後の坂を4〜5度ほど越えなければならない。
その幾つかのプチクライムが、知らぬ間に脚のチカラを奪っていく。
そして、この海からの強い風だ。
海の景色を離れ、しばらく山間の路を走る。
紅葉が終わりかけた山々を左右に見ながら走る。
山を越え下りきると、周りの景色に不釣り合いなホームセンターがいきなり現れた。小泊の街に辿り着いた目印だ。
コンビニが現れ、信号のある交差点を過ぎると、すぐに小泊の街中に入る。
私は、一軒の食堂の前にロードを停めた。
走ってまだ数十分しか経っていなかったが、昼飯をとることにする。
食えるチャンスがあるところで食っておかないと、後で後悔するハメになる。
じつは「やよい寿司」という寿司屋で食べたかった。コスパがよく美味いらしい。だが、行ってみたら営業時間外だった。
「一番亭」には先客が一人だけだったので、私の注文した「中華そば」はすぐに食うことができた。
田舎の食堂にしては(と言っては失礼だが)、なかなか見た目がオシャレな「中華そば」だ。
少しだけ脂が浮くスープに、細めのメンマと大きいチャーシュー。
スープを一口飲むと、おっ!あっさりと思いきや、けっこう塩っ気がある。やはり北津軽は、しょっぱ口なのか。
麺は、チュルチュルとした細麺。
全体にインパクトはないけど、大きいチャーシューは美味かったな。
塩分と水分を補給するほど走ってはいなかったが、とりあえず前補給をして再び「竜泊ライン」へ。
小泊を出ると、またすぐに峠道に入る。
同じような光景を何度も見たような気持ちになりながら坂を上る。
坂を上りきり、やがて下りきると、再び海の風景が現れる。
このコースはデジャビュの繰り返しだ。
しかし、これまでの海の風景とは少し違い、大きな砂浜の海岸が姿を見せる。「折腰内」と呼ばれる海水浴場だ。
「ポントマリ」という道の駅もあり、夏休みはレジャー客で賑わう海岸。
駐車場には、車が数台停まっているだけだった。
少し前のジャパニーズポップスが、もの悲しげに流れている。
やはり、この時期に訪れる人はほとんどいないのだろう。
ここの道の駅は、冬期間は閉鎖する。
この道の駅だけではない。
今走っている国道339号線も、ここから少し先の「坂本台」から「竜飛岬」にかけての道が、冬の間は通行止めとなる。
弘前を出るときに、念のため「みち情報」で調べてみたら「11月15日から通行止め」とあった。タイミング的にはギリギリだった。
「ポントマリ」を出発すると、しばらくは延々と海岸沿いを走る。
海岸沿いとはいえ、先ほどまでの峠道と同じようなアップダウンがあり、なかなかキツい。中には勾配10%ほどの坂もある。
海からの風が、まともに身体に吹き付ける。最近まともに走れていない身体に、坂と風は堪える。
しかし、日本海の風景は、これ以上ないほど美しい姿を見せていた。
9年前のあの日も、こうして日本海を見たのだろうか。
記憶は曖昧になっていた。
ただ、暴風が吹いていたのだけは、はっきりと憶えていた。
海岸沿いをひたすら走る。
やがて、あの場所が見えてきた。
あの日、この「竜泊ライン」を走り、妻を撮った唯一の場所。
私は、彼女が立っていたはずの場所に、少しの間だけ、両手を置いた。
あの日、「竜泊ライン」は暴風が吹いていた。
あの日、「眺瞰台」を目指して、二人は「七つ滝」を出発した。
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