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2021-11-03

ツール・ド・ツガル / 追悼ライド『雨の十三湖一周』


 

雨の音で目が覚めた。

でも助かった。夢の中で妻と喧嘩をしていた。

喧嘩の原因は向こうにあったが、こちらの分が悪かった昔の話を持ち出される。昔の話を持ち出すのはタブーだが、夢だけでなく現実でも、幾度となくその反則技で負かされた。

そもそも亡くなった人に勝てるわけがないのだ。すべてを見透かされている気がしてしまう。

 

スマホを見たら、まだ2時だった。

けっこう激しい雨が降っている。しかし天気予報を見ると、明け方からはずっと晴れるらしい。これは、先週の追悼ライドの続きをするべし…ということだろうか。

迷いながら、雨の音を聞いているうちに再び眠りに落ちそうになる。

夢の中で、また喧嘩をしたら、どうせ負けるのだろう。すべてを見透かされているのだから。

 

 

 

「こめ米ロード」は、相変わらず真っ直ぐだった。

この路が出来た頃、場所によっては「米米ロード」と表記されていた記憶がある。

故に、「コメコメロード」と呼んでいた人もいた。自分も「コメコメ」だと思っていた。「米米」といえば「米米CLUB」を思い出す人は多いはずだ。だから「コメコメ」と読む人が多かったに違いない。

本当の読み方は「こめ米ロード(こめまいロード)」だった。しかし「米マイロード」と表記している場合もある。紛らわしい。紛らわしいネーミングは良くない。

いっそ「コメコメロード」か「マイマイロード」にすれば語感が良かったと思うのだが、何故「こめまい」になったのだろうか。もしかしたら、これも五所川原観光担当の部長が知っているかもしれない。

そういえば先週もネーミングの話をしていた。ネーミングに造詣が深いわけでもないし、興味があるわけでもない。

 

そんな「こめ米ロード」をひた走っていると、いつの間にか十三湖に着いた。

 

2013年の十三湖

 

2021年の十三湖

 

変わらぬ風景。

いや、8年前に比べると風力発電の風車がいくつも建っていた。景色は変わらぬようで変わっている。

 

8年前は、ここの『しじみ亭 奈良屋』という食事処で「しじみラーメン」を食べた。

十三湖の「しじみラーメン」といえば、湖が日本海へ流れ出る場所にある『元祖しじみラーメン 和歌山 本店』が人気だが、『奈良屋』もよく知られる。(⇨ 「十三湖のラーメン /『元祖しじみラーメン 和歌山 本店』

↑でも書いていたが、やはりここに来ると、(なぜ青森の十三湖なのに奈良だったり、和歌山だったりするのだろう)と思ってしまう。

が、あまり深く考えずに、今回は8年前と同じように『奈良屋』で「しじみラーメン」をいただくことにした。

 

2013年のしじみラーメン

 

2021年のしじみラーメン

 

景色は少し変わっていたが、ラーメンはあの時と同じように美味しかった。

 

塩分と水分を一気に補給し、いざ十三湖を一周!と外に出る…と

なんと、雨が降っていた。

天気予報では、五所川原市もつがる市も中泊町も、日中はずっと晴れマークだったはず。全く天気予報は当てにならない。

しかし、雨の降る中を走るのは過去に何度もあった。ひとりでのツーリングであれば多少の雨は気にならない。

それにしても先週は暴風、今回は雨と、なかなか試練を与えてくれる追悼ライドである。

 

2度ほど、プチクライムをすると「道の駅 十三湖高原」に出るが、そのまま素通りする。

雨が降っていたので、とにかく早く「十三湖中の島」に到着したかった。

ケツから背中が冷たい。おそらく「スパネ」が上がっているのだろう。

「スパネ」とはなかなか表現力のある言葉だ。標準語だと「跳ね上げ」になるのだろうか。どうも言葉にチカラがない。

 

雨が降っていると景色を楽しむこともなく、こうしてネーミングとか津軽弁とか、つい国語を「ひとり勉強」しながら走ってしまう。

でも国語はあんまり得意じゃなかったな。

 

国語の勉強をしているうちに「中の島」に着いた。

 

2013年の「中の島」

 

2021年の「中の島」

 

路面は濡れていたが、蒼空ものぞき始めていた。

「中の島」には数軒の食堂や土産物屋があるが、そのほとんどが閉まっていた。

コロナの影響なのか、この時期はいつもそうなのかはわからない。しかし、この紅葉シーズンにこの辺りを訪れる観光客は少ないかもしれない。

 

私はそのまま「十三湖大橋」に向かった。

 

2013年の「十三湖大橋」

 

2021年の「十三湖大橋」

 

岩木川が最終的に海へと流れ込む場所は、天から射す光で輝いていた。

ロードバイクが美しいシルエットを作っていた。

 

その様子を写真に収めると、ロードバイクのすぐ後ろに、白い光の玉が写っていることに気づいた。

(あれ?)と思い、もう一枚撮ると、やはりすぐ後ろに写っていた。

 

(そうか… )

私はしばらくの間、この橋の上にいた。

頬が濡れているのは雨のせいだろう。

 

暴風そして急な雨と、天候に恵まれなかった追悼ライドだったが、最後は日が射してくれた。

その日が射し始めた空を仰ぎながら、私は、十三湖をあとにした。

 

 

 

 

 


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