ツール・ド・ツガル / 追悼ライド『酸ヶ湯温泉と八甲田の紅葉』
10月10日は、亡くなった妻の百箇日だった。
回忌表には、三十五日や四十九日など、7の倍数ごとの日にちが並ぶが、百日目というのはまた特別なのだろうか。
いつもは自分が飲む安ワインを供えていたが、この日は泡の出る葡萄酒を供えた。もちろんシャンパンではなく、スパークリングワインである。
この日のFacebookの「過去の思い出」にも、2台のロードバイクの画があった。
先日は「十和田湖」だったけれど、この日は「酸ヶ湯温泉」だった。しかもどちらも8年前の思い出だ。
前々回のブログでも書いたが、8年前の「十和田湖一周」は波瀾万丈すぎたライドであった。( ツール・ド・ツガル / 追悼ライド『十和田湖一周』)
妻はしばらくの間機嫌を損ねていて「あなたとはもうチャリは乗らない」と言ってたように思う。それくらい酷いツーリングだった。
それなのに、わずか数日後に「酸ヶ湯温泉」までロングライドしていたらしい。行ったことは憶えているが、あの酷いツーリングの直後だとは思ってもいなかった。
10月13日。
先週の十和田湖同様、自宅からの自走は厳しいので温湯までは愛車にチャリを積んでいく。
1ヶ月後には「もみじ山」の紅葉を求める客で混雑する温湯温泉あたりも、さすがにまだ静かだ。ロードをおろし、ヴィンディングシューズをカチッとはめて八甲田へ向かう。
今年は6月に一度、城ヶ倉大橋まで走っていたので(→ 城ヶ倉大橋『八甲田そば処 きこり』の「天ざる」はスゴい )、ルートとしては、そんなに新鮮なものではなかった。
しかし、昨年の秋は骨折治療中だった。紅葉の八甲田までを走るのは3年ぶりくらいだろうか。
8年前の記憶は定かではないが、おそらく自宅からの自走だったと思う。
酸ヶ湯まで二人でどんな走りをしたのか、どこで何を食べたのかよく憶えていない。波瀾万丈だった十和田湖一周に比べると、酸ヶ湯ライドはなんとか無難なライドだったのだろう。
晴天とまではいかないが、暑くもなく寒くもなく。ちょうど良い気温でツーリング日和だ。
でもひとつ誤算があった。風が強い。八甲田から吹き下ろす風が思った以上に強い。海辺を走るときは、天気予報で風をチェックするが、山を走るときは風まではチェックしない。
ヒルクライムにおいては、風は大体が山から吹き降ろす向かい風である。上りで追い風になることは稀だ。下りでの追い風はよくあるが、下りの追い風ほど無駄なものはない。
向かい風を受けながら、最初の激坂が始まる。のんびりと歌いながら走ろうと思っていたが、ちょっと苦しい。
トンネルを二つ越えると、視界が開けてきた。ここからさらに真っ直ぐの激坂が続く。1小節で2度ブレスする状態となり、もはや歌どころではない。
8年前、私は妻の後ろを少し距離をとって走っていた。この激坂はさすがにロード初心者の妻には無理だろうと思った。
しかし、意外なことに妻は失速することなく上り続けていた。結局、「八甲田のわき水」のところまで、私は妻に追いつくことはなかった。このとき、私は自分の身体の重さを実感したのだった。
やがて大きな克雪シェルターのトンネルを越えると「城ヶ倉大橋」が見えてくる。
路も下りとなり、思わず歌う声もデカくなる。〈熊に注意〉の看板があったが、熊も逃げるのではないかというくらいのデカい声で歌う。
この日歌っていたのは、500年も前、ルネサンス期の作曲家「Josquin des Prés(ジョスカン・デ・プレ)」が作曲した『Scaramella』という歌だ。
ルネサンス期といえば、荘厳な宗教曲を思い浮かべがちだが、この曲はいわゆる「世俗曲」で、仲間が集まって盃を交わしながら歌うという、なんともノリのある歌だ。
500年前の酒飲みの歌を歌いながら、ロードでヒルクライムをしているのは日本中で自分一人だろう。
城ヶ倉大橋には多くの観光客がいた。
緊急事態宣言も解けたせいか、県外ナンバーの車がずらりと並んでいた。
八甲田は少し雲に覆われていた。西に目を向けるが、津軽富士の姿はほとんど見えなかった。それにしても風が強い。
8年前の方が、紅葉が進んでいたようだ。
強風で倒れたチャリを起こし、私は酸ヶ湯に向かって走り始めた。
走ったことのある人ならわかると思うが、ここから酸ヶ湯まではすぐのイメージがあるけれど、走ると微妙に距離がある。
4日前に娘と岩木山を登ったダメージが残っていたが、最後のチカラを振り絞って紅葉の中を走った。
駐車場はほぼ満車状態だった。
鬼面庵( 『鬼面庵』の「山菜そば」 / 酸ヶ湯温泉 )で、蕎麦をいただこうかと思ったが、窓越しに見ると行列ができていた。
観光客のいない時期が、ずっと続いていたであろうから、久しぶりに忙しい思いをしているに違いない。自分は、もう少し忙しくない時期に来て食べることにしよう。
しかし、何かを腹に入れなくてはチカラが出ない。
というわけで、酸ヶ湯名物の「そばまんじゅう」と「ごへい餅」を食うことにした。
紅葉を見ながら、まんじゅうと餅を食べていると、銀色に髪を染めた60代と思しき女性が声をかけてきた。
「寒くないんですか〜?」
確かに、気温10度ほどの酸ヶ湯では誰もが防寒スタイルで、中にはダウンを着込んでいる人もいる。そんな中にあって、半袖ジャージで、しかも頭から湯気をあげているオッさんは、明らかに異質だった。
「下界から上ってきたので暑いんですよ」と言ったら、ご婦人は
「まあ〜スゴい!」と言っていたが、心の中では(こいつアホか)と言っていたに違いない。
そんなアホなオッさんは、防寒スタイルの観光客に見送られながら、地獄沼へと向かった。
8年前のライドでは、そこが最終地点だった。
ロードバイクが2台が並ぶ姿は、観光客から見ても仲睦まじい光景に見えたことだろう。
ロードバイク1台と、頭から湯気を出しているオッさん一人は、なるべく近寄らないほうがいい光景に見えるだろう。
2021年秋の八甲田は、そんなほろ苦い追悼ライドであった。
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